Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

2010年5月20日

日本の農家さんを想う

ルワンダの話ではなく、
日本の畜産界を今、混乱に陥れている出来事について。

4月に宮崎県で発生した牛や豚の感染症、「口蹄疫」。
その後、感染の拡大が止まらず、
ついに昨日、
発生地域の全頭殺処分という局面を迎えたことを知りました。
4月下旬から
なかなかつながらないネットにイライラしながら
毎日のように発表される新規発生報告を
胸が詰まる思いで見ていました。

口蹄疫はウィルスによる感染症で、
熱が出たり、口の中や鼻先、足の先にミズボウソウみたいなのができて破れて、
それが痛くてご飯が食べられない、歩けない→衰弱していく、
という病気です。
人がかかることはありません。
たとえ口蹄疫を発症した動物と一緒に暮らしていても、
そのお肉やお乳を口にしたとしても、大丈夫です。
でも、人や車がウィルスを運んで
農家さんから農家さんへと感染を拡げてしまうことはおおいにあります。
また、口蹄疫ウィルスはタフなウィルスで、
風にのって何百メートル、何十キロと飛んでいって
離れた場所にいる牛や豚にとりつくこともできます。

そういったわけで防疫が難しい病気であるため、
もし一頭でもこの病気を発症した動物が見つかったら
それ以上あちこちの農家に感染が拡がらないように
そのおうちで飼われている牛や豚は
元気だろうがなんだろうが、一頭残らず安楽殺しなければならない、
と、日本の法律で決まっています。

殺処分を宣告する獣医さんの気持ち、
それを聞く農家さんの気持ち、
想像しただけで吐き気がしそうなほど苦しくなります。
月並みな表現ですが、大げさでもなんでもなく
牛飼いさんにとって牛はわが子同然です。

この一ヶ月あまりで100軒以上の農家さんで発症が見つかり
同じ敷地内で飼われているという理由で、10万頭以上の牛や豚に対して
殺処分が命令されました。
でも安楽殺した動物を埋める場所の確保が難しく、
殺処分の作業は今のところ2割くらいしか済んでいないようです。
もう安楽殺することが決まっているのに
お母さん牛は月が満ちたら赤ちゃんを産むし
えさだって食べます。
そんな牛たちを世話する農家さんの心痛も
もう限界に近いと思います。

さらに、この病気が発生した地点から
半径20km以内の地域は
牛や豚を移動させることが禁じられます。

牛や豚を移動できないということがどういうことかというと・・・

お母さん牛に赤ちゃんを産ませて
その赤ちゃん牛を売って生計を立てている農家さんは
赤ちゃん牛を売りに行くことができません。
その期間、収入ゼロです。

一方、子牛を育てて太らせてお肉にすることで生計を立てている農家さんは
太って食べごろの牛を売りに行くことができません。
その期間、こちらも収入ゼロです。
しかも、日本の肉牛はきっちり生後30ヶ月くらいで食べごろになるよう
計算しつくされたレシピのエサを食べているため、
お肉にするのがそれより早かったり遅かったりすると
商品価値がガクッと落ちます。

そして、売りに行くことができない期間も
もちろん牛たちはエサをたくさん食べます。
牛のエサは一日あたり300円から600円もします。
100頭飼ってたら一日3万円から6万円くらいの出費です。
この、いつまで続くかわからない移動制限期間のあいだ、
収入はゼロなのに
エサ代や光熱費などの出費だけはどんどんかさみ、
牛小屋を建てたり機械を買ったりしたときの借金の返済も待ってくれません。

また、口蹄疫の発生地域に出入りする車を消毒する
防疫対策チームの仕事も過酷です。
三交代で24時間、道路に待機して
往来する車に止めて、消毒薬をかけます。
でも、この深刻な状況を知らない一般の人の中には
わざとこの消毒場所を避けて迂回したり、
消毒薬がかかるのを嫌がって猛スピードで走り抜けたりと、
非協力的な人も多くいると聞きます。
また、ゴールデンウィークには
観光客がどっと宮崎におしよせ、そして帰っていきました。
その人たちもウィルスを運んでいる可能性があるのです。

他の地域の農家さんたちも
次は自分の町にウィルスがやってくるのではないかという恐怖と闘いながら
毎日、必死の消毒作業を続けます。

獣医師もウィルスを運ぶことがないように、
一軒一軒、診療着を着替えながらの往診です。
明日は自分が牛の口の中に水ぶくれを発見してしまうかもしれない、という
張り詰めた精神状態で、往診以来の電話にこたえて現場に出向きます。


・・・こうした防疫作戦にもかかわらず
今回、いろんな理由で感染の拡大が止められず、
ついに、発生地域のすべての農家さんの牛や豚を
予防的に殺処分することになったようです。
この決定でさらに約20万頭が殺処分リストに追加されることになるとのこと。

昨日の朝、読売新聞のネット版でこの決定を知り、
さすがに鳥肌がたちました。
いまさら意味のないこととはいえ
国の対応の遅さや、防疫体制のツメの甘さを呪わずにはいられないとともに、
どうか、こんなむちゃくちゃな状況でも
農家さんの心と体が無事でありますようにと願うばかりです。

生き物を飼うという生業は
こういう一触即発の危険と隣り合わせの仕事です。
それでも農家さんたちは牛を飼うのです。
雨の日も、雪の日も、お正月も、孫の結婚式の日も
夜明け前からエサをかついで牛舎に向かうのです。
そんな農家さんのひたむきな日々のうえに
日本人の豊かな食卓があるのです。
そのことをどうか心に留めていただきたいと思って
本来このブログで取り扱おうと思ってなかった分野のことですが
思い切って書きました。
ルワンダの農家の子

6 件のコメント:

  1. 最近、日経のコラムにもよく出てきます。今日も農家の切実な話が。泣ける。

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  2. みやだいら2010年5月21日 0:10

    うちの取引先の養豚農家さんも数件でました。それも何千頭~1万頭越えクラス。社長に聞いたところ長年付き合いがあったようで、ほんとにかわいそうでなんとも言葉がでません。

    今日は西都で出たとニュースにのっていました。明日は我が身。どうか早く収まってくれますように…と、祈るしかできないのが歯がゆいばかりです。現場の疲労も色濃いようで、べーあーとほんほんが大丈夫か心配です。

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  3. >junji
    はじめのうちは、風評被害を防ぐために報道規制がかかってみたいだけど
    それが世論やそれに後押しされる国の動きを遅らせたんじゃないか、
    という意見がもっぱら。
    (かなり遅ればせながら)農水大臣が宮崎に視察にきてからは
    いろんなメディアが口蹄疫を取り上げるようになったけど・・・

    >みやだいら
    そう、宮崎にも、宮崎/鹿児島の県境にも
    獣医の知り合いがたくさんいるから
    その人たちのことも心配。
    宮大の獣医科の学生たちが義援金を募っている、って聞いたけど
    できたらしっかりとした感染症防疫マニュアルのレクチャーを受けたうえで
    ボランティアとして学生を現場に派遣できたらいいのにね。
    でもちょっと現場の状況が衝撃的過ぎて
    大動物志望の数がますます減るかなぁ?

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  4. 遠くルワンダから思っていただいて・・・
    僕の後輩も川南で養豚してました。ずっと頑張って消毒して、精神的にもキツイ中、出ないように防疫処置頑張ってたのに結局全頭処分とは、正直この決定が決まってから、連絡できませんでした。
    殺処分する獣医も、それを待ってる農家も気持ち考えるだけでいたたまれません。
    宮崎の同級生の獣医の話は、全身苛性ソーダ浴びて、肌ピリピリしながら、一日約200頭元気な牛を殺処分してるそうです。夜も眠れず、夢にまで出てくるって言ってました。きつすぎるので、3~4日に1回休みがあるそうです。

    一日も早く口蹄疫が終息し、こんな状況でもまた畜産をしたいと言ってる農家にあたたかい支援を願うばかりです。

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  5. 読んでいて鳥肌がたった。そんなことになっているんだね。
    そして、家畜で生計を立てている人の話はあまり身近でなかったので、獣医の気持ちも含め、はっとさせられました。
    ウガンダに来て、初めて自分で鶏を殺して食べ、その命の重みを感じた。日本にいて、ただパック入りの肉を買ってくるだけでは絶対に理解することはできないと思います。
    狂牛病の時も、恥ずかしいけど正直自分にはあまり関係ないとおもっていた。けど、今思うと当時も同じように農家さんと獣医師は胸が張り裂けそうな思いをしていたんだね。

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  6. >かとぅーん
    かとぅーんの学年には宮崎に就職した人いるもんね。
    その苛性ソーダかぶって肌ピリピリしてる人に伝えて!
    お酢の方がいいよって!
    300~500倍希釈でも効くんだって。
    お酢だと、かえってお肌がつるつるになるんだって。
    道路で消毒作業してる人たちも肌ボロボロだろうなぁ。
    かとぅーんたちも着替えだの消毒だので往診も手間ひまかかるだろうし、
    農家さんの傍らで痛みを共有するのは本当につらいと思う。
    応援してるからね!負けるな!

    >コビー
    それが普通の反応だと思う。
    わたしもサラリーマン家庭のふつうの子だったので
    この世界に入って驚きと恐怖の連続だったよ。
    畜産の世界はほんとうに過酷で、だけどそれにまさるロマンと命の迫力に触れることのできる現場。
    その現場がみんなの食卓につながっているってことを伝えることも
    わたしたち産業動物獣医師の役目のひとつなんじゃないかなって
    思ったりもします。

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