Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

2009年12月29日

あったかクリスマス

JICA現地事務所の所長宅にて
あったかくておいしいクリスマス。
さすが所長宅はエグゼクティブ。
おいしい手料理と、日本語でのおしゃべりで、つかのまの擬似帰国。

25日の朝は礼拝に。 タウンにあるSt.Michael 。

午前中は英語、昼はキニャルワンダ語、夕方はフランス語のミサ。

2009年12月24日

Noheli nziza!

年中だいたい20℃のこの国。
雨季もほぼ終わり、ここ数日は日差しがとっても強い。
クリスマスなんだか、お盆なんだかさっぱり・・・
でもおかげで水道管が温まってぬるい水が出るので
水浴びのときにヤカンでお湯を沸かさずにすみます。
みんなあたたかい気持ちでクリスマスを過ごせますように・・・
Noheli nziza!

2009年12月22日

ようやく一頭

一ヶ月前のことになりますが
それまで惨敗続きだったルワンダでのお産、
ようやく赤ちゃんを死なせずに済みました。
起立不能の状態で一週間も放置され、かなり危ない状態でお産を迎えたお母さん。
地元の獣医に診てもらったけど、放っておいていいと言われた、とのこと。
こんな状態で自力で分娩できると思ったのだろうか・・・
バカたれが!
っていうかなんでその獣医が今ここに来てない?!
そしてやたら胎児が大きいなと思ったら、
スーパーブル(高能力の純血種のオス牛)の精液で授精したとのこと。
こんな小さな未経産牛に、そんな大型牛の種をつけるなんて
わざわざ難産を作り出しているようなもの。
バカバカバカ!
タオルがなかったので
急いで着ていた服を脱いでそれで口の中の羊水を拭き取る。
人工呼吸して、心臓マッサージしてどうにか蘇生。


友達と夕食の約束をしていたこの日。
「ごめん!急患が入った!」
こんなドタキャンが日常茶飯事だった日本での日々を懐かしく思い出しました。
この国の獣医が24時間365日の往診体制を整え、
薬や器具を満載した車で出動することができるようになるには
あとどれくらいの年月が必要なのかな・・・

2009年12月17日

おいしい日々

日本から救援物資・・・じゃなくてクリスマスプレゼントが届きました!
リクエストした薬とか食材のほかに
大好きなものがたくさん!
おかあさぁぁーーん!!ありがとーーー!!涙

そして先週末はキミロンコという隣町に住むUNV(国連ボランティア) の方に
おでんをごちそうになっちゃいました。
このご夫婦は協力隊OBで、海外経験豊富。
そのステキな暮らしぶりはとっても参考になります。
そしてお料理上手!
ねこちゃんの狂犬病ワクチンを頼まれて以来、たびたびお世話になってます。
ありがたや~!


その翌日は友達と念願のエチオピアンレストランへ。
道に迷いつつようやくたどり着いたのですが
電気はついてないし、お客さん誰もいないし、かなり不安な感じ。
宮沢りえ似(ルワンダ人)の美人店員さんにすすめられたメニューは
大きなインジェラ(クレープをもっとしんなりさせた感じ。発酵してるのかすこし酸っぱいに、
ヤギ肉とか鶏肉とかたまごとか野菜とか
不思議なスパイスたっぷりの具が10種類くらい添えてあるもの。
写真撮り忘れたけど、とにかくとっても気に入りました
3人分で8000フラン(1800円)。
これははまる!
またルワンダ料理に飽きた頃に行こうと思います。

2009年12月16日

仕事の進め方

必要な器具や薬品を購入するのに入札を行うとのことで
その書類を作るように言われたのが8月の配属直後。
3日で仕上げて提出したのに、9月になっても進展がない。
聞くと、なんと入札書類を紛失したのこと。
急いでもう一度作って、提出。
10月、ようやく入札にこぎつけたものの
告知から入札までの日数設定が短すぎて
入札業者が間に合わず、
入札やりなおし。
またまた入札書類作りなおし。
今度は直属の上司に提出したあと
その書類がダイレクタージェネラルに行き着くまでずっと追っかけて
参加企業への配布にも同行して
とにかくすべてのステップに顔を出して
しつこく「書類はちゃんと渡してくれましたか?」
「サインはもう済みましたか?」と確認。
案の定今回も手落ちがあって、業者に渡す寸前に
入札書類の中の注文品リストを上司がまちがって添付していたことが判明。
あれほど何度も「こっちのリストを挿入してください」って念を押したのに・・・
あぶないあぶない!慌てて差し替え。
そして12月。配属されて5ヶ月目。
ようやく入札が開かれ、無事に発注業者が決まりました。
長かった・・・。
国の機関なのでただでさえ手続きが面倒なうえ、
なんてったって、ここはアフリカ。
ちなみにこれと同時進行であと4つ入札を行うのですが
先月上旬に作成したその書類が
またもや紛失していたことが判明。
「は?またなくしたの?これは何かのマジック?」
なんかもう怒る気も失せて、笑えてきちゃいました。
やっぱり誰のこともあてにせず
ひとつひとつ自分で確認に行かないかぎり
この国では物事が進まないんだな、
ということがようやくわかってきた今日この頃。

2009年12月14日

日本まつり

いつもお世話になってる職場に恩返しがしたい
日ごろ娯楽のない子供たちに楽しんでほしい
日本について知ってほしい
そんな思いで始まった日本まつり。
隊員が自分たちの意思で
自ら企画し、運営します。
今回は、隊員のひとりが配属されている
孤児のためシェルター施設「ギシンバメモリアル」にて。
JAPANのイメージって、誰に聞いても
「空手」「カンフー」「中国の一部」「テクノロジーの国」。
本当の日本の姿を見て欲しい。
ゲイシャ・フジヤマといった偏ったイメージではなく
日本の「ふつう」の日常を見て欲しい、
それが今回のテーマでした。
お肉がパックに入って売られてるなんてびっくり。
スライドで日本について学んでもらったあとは
エンターテイメントとしての実験ショー。
同期隊員とふたりで液体窒素を使ったマジックをしました。
小学校に上がる前の子も、高校生も、みんな夢中。
施設の子たちのルワンダダンス。
その笑顔がほんとうに子供らしい明るさにあふれていて
この子たちが孤児であることを忘れそうになります。

一番人気だったタトゥーコーナー。
腕に漢字やカタカナで名前を書くだけの予定でしたが
みんな顔に描いてほしいらしく
要望に応じてどんどん過激化していきました。笑 糸電話コーナーも盛況。
聴覚障害の子も、紙コップを伝わる振動を感じるらしく、
楽しそうに参加してくれてたのが嬉しかったです。
もうみんなヘトヘト。
子供たちのパワーにはやっぱりかないませんでした。

2009年12月10日

ハレルヤスーパーマーケット

っていう名前のお店だけど
どう見てもスーパーマーケットではないです。
わたしがこの町に住んでよかったなぁと思う理由ベスト3にランクインするほど
大好きなパン屋さんです。
最近、店内で食べることもできるようになったので、
昼休みにちょくちょく来ます。
大きいパンは500フランくらい。小さいのは100~250フラン。
ミルクティーは1杯100フラン。
このへんではめずらしく、工場から運んでくるんじゃなくて
自宅で焼いているんです。
たまに焼きたてに遭遇することもあり
もうそのおいしさは感動的!
ただ、数日分まとめて焼いて、全部売れたら次のを焼く、というシステムなので
焼きたてに遭遇するかどうかは運しだい。
数日前に焼いたのはちょっと硬くなっちゃってるんだけど
やっぱり同じ値段、っていうところがアフリカ的。

2009年12月8日

キブ湖ツアー!


「秋(?)のキブ湖満喫ツアー」と題して、
コンゴとの国境に横たわる大きな湖を、
かなり心配な感じのボートで北上。
(乗客の心配を察してか、ボートの内壁にペンキで「DON'T WORRY」って書いてあった)
出発前に市場で買ったヤギも一緒に乗船。

一泊目は、キブイエの「アマホロアイランド」でキャンプ。

ヤギさんはここで夕食になってもらいました。
屠殺・解体はもちろんわたし・・・
ヤギも美味しいけど、ここの名物はキブ湖でとれるお魚!
これはサンバザと呼ばれる小魚で、こうやってフライにして食べます。
内陸国なのでお魚が登場するとみんな興奮します。

二日目は北上してギセニという町へ。
こちらはムズング(白人)向けのリゾート地。
ルワンダで初めて高級ホテルに泊まりました。
ひと部屋一泊(ツイン)110$なり。
普段の生活が普段の生活なので
もう夢みたいな一日でした。

だって蛇口から透明なお湯が出るし、
窓がちゃんと閉まるし、
蚊もダニもいないし!

そして朝ごはんが感動的においしかった!
シャンパンとか出ちゃうし、
パンもチーズも何種類もあるし、
フルーツジュースだけで5種類くらいあるし!

眩暈がしそうでした。
もうもとの生活に戻れないんじゃないかと思うほど。

2009年12月3日

豚肉屋さん


と言っても、ふつうの小さな家の軒先に
豚がブラーンとぶらさがっているだけなんだけど。
こっちの肉の切り方は豪快。
パンガ(ナタみたいなの)をふり下ろして
骨ごとバツーンと一刀両断です。
あんまり近くで見てると、
いろんなものが飛び散ってくるので注意です。

2009年11月30日

やっかいごとに巻き込まれる


立てなくなった牛がいるとのことで往診に行きました。
妊娠八ヶ月。まだ一産しかしてない若い牛。
食欲もあるし、しっぽも弱々しいながら動かせる。体表の温度も正常。
これは立てるな、と思いさっそく吊起(牛を上から吊り下げて起立を助けること)を試みました。
日本だったら牛舎が丈夫なので、梁にチェーンブロックを固定してそれで牛を引き上げるのですが
こちらの手作り牛舎は、牛の重みで崩壊してしまいそう。
何本か木材を運んできてもらって、近所の人たちにも集まってもらって、
14人のマンパワーで牛を持ち上げ、布とロープで作った即席ベルトで牛の体を吊り下げました。
でも足は四本ともブラーンとしたまま。
脊椎をやっちゃってるかなぁと思いつつも
以前、毎日吊起して10日目にようやく自力で歩けるようになった症例を経験したことがあるので
この作業を毎日続けてみてくれと頼みました。
牛は吊り下げられた状態で元気よくエサを食べてました。

その5時間後。
「Yarapfuye!(牛が死んだ!)」という電話。
えぇ?
まったく納得がいかず、検死に行こうとしたけど
夜間外出は禁じられているので
翌朝その地域の獣医技術者が検死するのを待つことに。
検死の結果、脊髄断裂とのこと。
おなかの中にいたのは双子の赤ちゃん。
とても死ぬような状態ではなかったので
なにかややこしい事情でもあるのかもしれない、と思いつつ
飼い主からの依頼で診断書を書くことに。

診断書を取りに来た飼い主の言葉を聞いてびっくり。
飼い主いわく、例の牛は使用人が棒で殴って背骨を折ったに違いない、とのこと。
これから警察に届けてその使用人を逮捕してもらうから、
殴られて殺されたと診断書に書いてくれ、と。
わたしは獣医師であって、占い師でも探偵でもないので、
とにかく自分の目で見たこと以外は書けない、ということを言って帰ってもらいました。
翌日、今度は警察からの書類提出請求書を持ってやってきて
「例の牛が自分で死んだのか、殺されたのか、レポートを提出せよ」と言うではないですか。
なんかおおごとになってきたので
配属先のダイレクターに処理してもらうことになりました。
実はこの飼い主、大金持ちの国会議員なのです。
「これはわたしに対する当て付けだ!次はわたしの命が狙われるんだ!」と大騒ぎ。
「なんでそう思うんですか?わたしには理解できないです」と聞くと、
「君は1994年にこの国で何が起きたか知らないのかね?人々は今も殺しあっているんだよ!」
目を見開いてそう話す飼い主を見ていると、
なんだかとても悲しい気分になりました。

2009年11月25日

またバナナの話


最近、ルワンダ料理を習得しつつあります。
日本で食べてたような料理を作るには
どうしても冷蔵庫が必要だったり、
水がたくさん必要だったりするわけです。
でもルワンダ料理だったらそれらが必要ないので
断水や停電のときでも、
お金がないときでも、
無理なく作れちゃうということに気づきました。
しかもおいしい(とわたしは思う)し!
ゆうべは友達にバナナの煮物を教わりました。
バナナの呼び名には二種類あって
青いまま調理して食べる場合は
「イギトーチ(複数形はイビトーチ)」
黄色くなるのを待ってフルーツとして食べる場合は
「ウムネチェ(複数形はイミネチェ)」と言います。
イビトーチは1kgで150フラン(30円)とリーズナブル!
玉ねぎ、トマト、ナス、にんじんと一緒にたっぷりの油で炒めたら
水と塩を足してグツグツ煮てできあがり。

2009年11月19日

バナナ名人

この人がどれくらいすごいかと言うと
一本の木からバナナ150kgも収穫しちゃうのです。
ちょっと前の話になりますが
ルワンダ人獣医の友達といっしょに
山の中に住むバナナ名人に会いに行ってきました。
バナナってどの季節にとれるの?
一本の木から何回収穫できるの?
とまぁ基本的なことが何もわかっていないわたしでしたが
大統領のお墨付きのこのバナナ栽培名人に教えを請い、
いまや農業指導員として活動できそうなくらい詳しくなりました。
木と木の間隔、肥料のやりかた、植えるときの土の掘り方・かぶせ方
・・・うーん、奥が深いです。
わたしも自分のバナナファームが欲しくなりました。

2009年11月18日

アマンダージ

みんな大好き アマンダージ。
沖縄のサータアンダギーに似ています。
これを、ミルクティーやホットミルク、イジコマ(穀物の粉をお湯でといたもの)などに
ひたして食べるのがまたおいしいんです。
フライパンであたためると、香ばしくてまたおいしさが増します。
お値段はひとつ100フラン(20円)。


2009年11月16日

コーンロー

先輩隊員たちのご家族がルワンダに会いに来られたので
みんなで一品持ち寄りの歓迎パーティ。
魚のフライを作ってるところ。
淡水魚だけど新鮮でけっこうおいしい。
海のない国でもなんとか生きていける気がしてきた今日この頃。
先輩隊員、お母さんをびっくりさせようと
ルワンダヘアーに。
こちらの女性は1~2ヶ月に一回はこのエクステを付け替えます。
手の込んだものだと、飲まず食わず一日がかりの作業です。

2009年11月11日

こんにちは赤ちゃん

友達のDusabeが、先月出産したので
週末に会いに行ってきました。
赤ちゃんは大人と比べると肌の色素がちょっと薄いため、
どの親も“自分ちの子がいかに白いか”を自慢したがります。
ちなみにこの子は生まれて一ヶ月たつのに
まだ名前がありません。
ほんとにのんびりしてるなぁ・・・

2009年11月8日

土砂降りのプチひとり旅

ひとり、タンザニアとの国境の町にて。
タンザニア側からルワンダを眺めてみる。 橋の下は轟々と音をたてて落下する「ルスモの滝」。
雨季だからボリューム満点。
しばらく眺めていたら、なんだか心がスッキリ。

国境にずらりと並ぶ長距離トラック。
聞いたことのない言葉が飛び交う。
これがスワヒリ語かぁ・・・
タンザニアからの長距離ドライバー
トラックの車体の下でご飯の支度。
豆を煮て、お米を炊いて・・・
スワヒリ語を教えてもらいながらしばらく雨宿り。




こんな遠くまでひとりで来たのは初めてだったけど
いろんな人に助けられました。
バスの便数が少なくて、これじゃ暗くなるまでに首都に帰れない、と困っていたら
ちょうどやってきた別会社の早い便にわたし一人だけ乗っけてくれたり、
滝のそばまで来たはいいけど、土砂降りでどうしようもなくて立ち尽くしていたら
頼んでもないのにどこからか傘を持ってきてくれたり、
長距離バスでウトウトしてたら、
「寝るな!手荷物を盗られるぞ!」といちいち起こしてくれたり。(笑)
やっぱりルワンダは寂しさを感じない国です。
アサンテ サーナ。





2009年11月3日

雨ばっかり

雨季だからしょうがないんだけど・・・

どこもかしこも泥でべちょべちょ。

今日もお昼ごはん食べに出かけるタイミングを失ってしまいました。

雨宿りしてたら子供たちも駆け込んできました。



2009年11月2日

えつこさん


ルワンダの牛の角はものすごい。
ひとかかえもある大きな大きな角。

大先輩の加藤悦子さん。
隊員としての任期を終えてからもずっと
自分で立ち上げた工房を切り盛りして
ストリートチルドレンたちを支え続けてる。
彼らがえつこさんに向ける信頼のまなざしに圧倒される。
角を輪切りにして、ひとつひとつ丁寧に磨いていく。
光にかざすと、角の模様が透けてベッコウみたい。
日本でも購入できます。
加藤悦子さんについてはこちら。







2009年10月28日

abana beza

ちっともじっとしてない。
「見て!ねえ見て!」って
もうわかったわかった!すごいすごい!
また壊れちゃった。
トイレットペーパーの芯で作った糸電話。
おもしろいんだけど、強くひっぱるとすぐ糸がとれちゃう。

2009年10月22日

ほっとするひととき

たまには日本人とおもいっきりしゃべりたくなる
Mutzing飲んで
おいしいもの食べて
またがんばろう。
昼間は赤い土埃で覆われるキガリ市街も
夜はまるで都会みたい。



2009年10月19日

またもや

無力感だけが残る手術。
なんだろう・・・
なんとかしないといけないんだけど。
(以下、生々しい内容なので苦手な方はご遠慮ください)

首都から車で一時間半。
呼ばれて行ったのは、経済的に厳しい家庭が集まる村。
難産。
産気づいたのは二日前。
到着したとたん、異臭が鼻をつく。
地元の獣医さんが胎仔の足を引き出そうとしたら
前足が二本ともちぎれて取れたとのこと。
腐ってるな。
産道に手を入れて、思わず表情がゆがむ。
気腫胎。
死んだ胎仔の体で細菌が増殖して
体全体がガスでパンパンにふくれあがってしまった状態。
帝王切開で摘出を試みるものの
二倍くらいにふくれあがった胎仔の入った子宮は
母牛の腹腔のほとんどを占めていて、
そのうえ他の臓器とべったり癒着していて、
子宮を手術創から引き出すのは至難の技。
急がないと母牛がもたない。
今回も輸液はなし。
しかたなくお腹の中で子宮を切開して
前足のない胎仔を摘出。
庭いっぱいに集まってきていた村の人たちの中に
子供がたくさん混じっていることに気づいていた。
胎仔が現れる直前に、子供たちを外に追い出してもらう。
これはちょっと見せられない。
手術後まもなく、母牛は死亡。
手術前からすでに冷たかった体は、あっというまに生気を失っていった。
日本だったら、屠場で屠殺される以外の方法で死んだ牛は
食用にはならず、産業廃棄物となる。
でもここは日本じゃない。
山のように集まった村の人たちのギラギラした目。
喉から手が出るほど肉が欲しい。
感染は胎仔だけじゃなく、母牛にも及んでいる。
この牛を食べちゃダメだ、と村人たちに一生懸命説明する。
でもまったく聞き入れられない。
地元の獣医さんの協力を得て
穴を掘ってもらって埋めてもらったものの
たぶん夜中に掘り出すだろう、とのこと。
たった一頭だけ飼われていた、まだ子牛を産んだことのない牛。
貧困家庭に一頭ずつ牛を、という国の政策で今年配布された。
飼い主は現金収入のない未亡人。
子牛の誕生を、そして毎日牛乳が飲める日々を
心待ちにしていたことだろう。
何をどうしたらいいのだろう。
とにかくお腹がすいた。
くやしい気持ちを飲み込むように、
もくもくと遅い昼ごはんを食べた。

2009年10月12日

お食事なしで7時間

同僚の結婚式
初めてImisyanana(イミシャナナ:セレモニー用の衣装)を着ました。
雨季なのでちょっと画像が薄暗いけど・・・

2009年10月7日

なにかの古代遺跡みたいだけど・・・

草原の中に突然あらわれた奇妙な光景。
思わず車をとめてもらって、しばらくおじゃましました。

これはレンガを作っているところなのです。
熟練した手つき。
泥を型につめて次々と成型していきます。
速い速い!

泥と水をこねるのはこの子。
こちらも慣れた仕事ぶりです。

成型した泥を乾かして、ピラミッド状に積み上げて
ピラミッドの内側で火をおこして、じっくり焼き上げたら
赤いレンガのできあがり。
考えてみたらどのおうちもレンガ造り。