立てなくなった牛がいるとのことで往診に行きました。
妊娠八ヶ月。まだ一産しかしてない若い牛。
食欲もあるし、しっぽも弱々しいながら動かせる。体表の温度も正常。
これは立てるな、と思いさっそく吊起(牛を上から吊り下げて起立を助けること)を試みました。
日本だったら牛舎が丈夫なので、梁にチェーンブロックを固定してそれで牛を引き上げるのですが
こちらの手作り牛舎は、牛の重みで崩壊してしまいそう。
何本か木材を運んできてもらって、近所の人たちにも集まってもらって、
14人のマンパワーで牛を持ち上げ、布とロープで作った即席ベルトで牛の体を吊り下げました。
でも足は四本ともブラーンとしたまま。
脊椎をやっちゃってるかなぁと思いつつも
以前、毎日吊起して10日目にようやく自力で歩けるようになった症例を経験したことがあるので
この作業を毎日続けてみてくれと頼みました。
牛は吊り下げられた状態で元気よくエサを食べてました。
その5時間後。
「Yarapfuye!(牛が死んだ!)」という電話。
えぇ?
まったく納得がいかず、検死に行こうとしたけど
夜間外出は禁じられているので
翌朝その地域の獣医技術者が検死するのを待つことに。
検死の結果、脊髄断裂とのこと。
おなかの中にいたのは双子の赤ちゃん。
とても死ぬような状態ではなかったので
なにかややこしい事情でもあるのかもしれない、と思いつつ
飼い主からの依頼で診断書を書くことに。
診断書を取りに来た飼い主の言葉を聞いてびっくり。
飼い主いわく、例の牛は使用人が棒で殴って背骨を折ったに違いない、とのこと。
これから警察に届けてその使用人を逮捕してもらうから、
殴られて殺されたと診断書に書いてくれ、と。
わたしは獣医師であって、占い師でも探偵でもないので、
とにかく自分の目で見たこと以外は書けない、ということを言って帰ってもらいました。
翌日、今度は警察からの書類提出請求書を持ってやってきて
「例の牛が自分で死んだのか、殺されたのか、レポートを提出せよ」と言うではないですか。
なんかおおごとになってきたので
配属先のダイレクターに処理してもらうことになりました。
実はこの飼い主、大金持ちの国会議員なのです。
「これはわたしに対する当て付けだ!次はわたしの命が狙われるんだ!」と大騒ぎ。
「なんでそう思うんですか?わたしには理解できないです」と聞くと、
「君は1994年にこの国で何が起きたか知らないのかね?人々は今も殺しあっているんだよ!」
目を見開いてそう話す飼い主を見ていると、
なんだかとても悲しい気分になりました。