Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

ラベル お仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル お仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年6月9日

アバラは大丈夫

アバラ事件で心配のメールがたくさん来てしまいました。
ごめんなさい。

結局、気合いで最後の移殖を乗り切り、
その後、あまりにも痛いので病院に行きました。
JICA指定のプラトーポリクリニックにはレントゲンがないので
そこからまたバスに乗ってレントゲンセンターみたいなとこに撮りに行きました。

で、結論としては、アバラが二本折れていました∑(; ̄□ ̄ 
超びっくりー!
生まれて初めての骨折が
アフリカで牛に突き飛ばされて・・・だなんて予想もしなかったです。
いやーこれも思い出になりますね!
なんてのんきなことを言えるくらい、
今は痛み止めのおかげでだいぶラクになってきましたよ。

さて、そんなことやってたら
ルワンダ出発まであと10日になってしまいました。

職場の送別会はルワンダ式で、
見送られる側なのに家に押しかけられるシステム。
そしてごちそうしないといけない。
がしかし、今回はなんと同僚たちでお金を出し合って買ったらしい
「God bless you」と書かれたブロンズ像みたいなのと、
真っ青なドレスと、
それに合せる真っ青なピアスとネックレスとブレスレットと、
真っ青なバッグと、少しのお金が同封されたメッセージカードをもらいました。

いやーびっくりびっくり。
ブロシェット(やぎの串焼き)ふるまってよかった。

JICA全体の送別会では、
後輩隊員たちによる踊りや、替え歌や、似顔絵や、
わたしたち帰国隊員それぞれのイメージで作ったというデザートの披露や、
なんかもう盛りだくさんでとっても嬉しかったです。

そして、お仕事のほうは、
フィールドワークをすべて終え、
あとは後任に引き継ぐための書類整理やら、
器具棚のラベル貼りやら、
受精卵の出納簿の管理をストアキーパーに教えるのやら、
なんかそういうこまごましたことを楽しみながらやってます。
こういう作業、好きみたい。

そんな今日このごろです。
日本はジメジメしているのかな?
みなさん、もうすぐ帰ります。
元気で待っててください。

2011年5月25日

テクノロジーフェスタと初めての怪我

いま、ブタレという南部州の町に来ています。
ここから車で一時間のところにある国営牧場で
例のごとく移殖の準備をしています。
シスター経営の宿泊施設、素泊まり3000円フランなり。
入浴はコンクリの上で水をかぶらないといけないけどそれは慣れてるのでOKなり。

がしかし、今夜はちょっと体がフツウじゃないのです。
それについてはあとで。


先週末、東部州のニャガタレという町で
同期の佐和ちゃんが主催する「テクノロジーフェスタ」の
お手伝いをしてきました。

セカンダリースクール(日本の中学&高校合体版)で活動する彼女も
わたしと同じ、あと一ヶ月たらずで帰国する隊員です。
2年間の集大成、満を持しての開催となるこのフェスタ、
日本の様々なテクノロジーを紹介した画像
(洗濯機から東京スカイツリーまで)を大画面で見てびっくりしたあとは、
各教室に分かれて隊員が披露する実験ショーを体験します。

理数科教師隊員である佐和ちゃんは
模型の風力発電で、電気が灯るのを披露。

コンピュータ隊員は、その場でネットワークを構築して見せて
ニャガタレセカンダリースクールのHP作成を体験させ、

土木隊員は大量の砂を苦労して運んで
地震のときの土壌液状化現象を再現して見せ・・・

そんなのが全部で14種類!!
生徒たちは前もって配布されたチケットを片手に、実験を見て回ります。

ちなみに、わたしとウッシー、獣医隊員ペアは
精子が元気に泳ぐ姿を顕微鏡で見せたあと、
屠畜場で買ってきた牛の子宮を使って
人工授精のデモンストレーションをやりました。
生命の神秘、です!
相手が思春期真っ盛りの子たちだからどうなるかちょっと心配だったけど
「今から、生きてる精子をみんなに見せますよ!」と言うと、
ワクワクした顔で隣の子と「生きてるんだって!動くのかな!?」って言ってるし、
「一ミリリットルの精液に一億の精子が含まれてるんです」と言うと、
「えっ!!」って声に出してびっくりしてるし、
なんかほんとみんな素直で純粋で、こっちがびっくりでした( ̄□ ̄;)!!

家族はほとんどみんなおうちで亡くなるし、
母親は5人も10人も弟妹を産んでいるし、
自分が番をしているヤギたちは見てる前で交尾するし、
そういう、生とか性とか死とかが身近にフツウのこととしてありふれているから、
彼らのそういうものに対する意識はとてもシンプルなのかもしれません。


見てください!この真剣な覗き込みかた!





そんなわけで、
「世の中のテクノロジーと、学校で勉強していることとはつながっている」
ということを生徒に実感させることで勉強に対する意識を変えたい!という
佐和ちゃんの思いがつまったフェスタは大成功!ヽ(´▽`)/
あ、NewTimesに記事が載ってますよ ↓
http://www.newtimes.co.rw/index.php?issue=14634&article=41455


その三日後の今日、わたしは出張先でやっちまいました。

牧場にて作業中、ルワンダに来て初めて牛に突き飛ばされました。
ルワンダ牛、信じてたのに・・・ばかやろー!

クラッシュという、牛を固定する木枠の中で
牛が外へ出ようと暴れだし
制止しようとしたわたしを巻き込んで
狭い木枠のなかで牛がジャンプしたり突進したりを繰り返し、
わたしはその中でペラペラの紙くずのようにもみくちゃにされ、
ようやく木枠のすきまから外へ這い出しました。

みぞおちを強打して呼吸が止まっていたけど
しばらく浅い息を繰り返していたら落ち着いてきてホッ。
「ここでひるんではだめだ!日本人の魂を見せるのだ!」とか思って
心配する同僚たちに
「ぜんぜんだいじょーぶ!さぁ、続けよう!」と強がってみたものの
体を曲げるたび、力をいれるたびに肋骨全体に鋭い痛みが走り、
夜になった今も、息を吸うたびに顔がゆがむくらい痛みます。

うーん・・・折れたのかなぁ?

とりあえずヨロヨロしながらでも明日の作業までは終わらせて、
それから病院行くかどうか考えます。
意外と朝起きたらめっちゃ治ってるかもしれないし!

2011年5月16日

ハイコレステロール生活

トローチが売ってないんです。
処方された咳止めシロップ、効いてるのかどうか・・・(;-_-) =3

とはいえ、一昨日くらいまでは咳しすぎてゲロっちゃう始末だったんですが、
ようやく咳がおさまってきました。

食欲旺盛、今日は卵を合計4つも食べました。
お昼に庭のネギと一緒に卵を炒めて和風パスタ、
夜はオムレツにしてアボガドと一緒にバゲットにはさんで食べました。

うちの隣は商店で、
家を出て10歩も歩かずして買い物ができて便利なのですが
その商店に最近おいてる卵が安くておいしいのです。

ルワンダで売ってる卵には2種類あって
「アマジ イニャルワンダ」と言うと、
ルワンダ在来種(地鶏みたいなの)が産んだ小ぶりの卵をくれます。
これは黄身が真っ黄色でおいしいの。
で、ちょっと高い。一個120フラン。
一方、「アマジ インズング」と言うと、
ひとまわり大きい、日本で売ってるM玉くらいのをくれます。
これは輸入された大量生産用の鶏が産んだもので、
彼女らは在来種と違って毎日産むので安いのです。一個100フラン。
しかしこの卵の黄身はなんと真っ白・・・!
ビジュアル的にあまり食欲をそそりません。

隣の商店のオヤジが最近仕入れたのは、
後者の「アマジ インズング」であるにもかかわらず、
黄身が黄色いというお得な卵。
昨日買いに行ったら「いい卵があるんだよ~」と言うので
じゃあ4つちょうだい、と買ってみたらたしかにいい卵でした。

ちなみに今、アボガドが旬です。
握りこぶしよりひとまわり大きいのが50フラン。
その倍くらいあるのが100フラン。
これまたハイコレステロールだけど、おいしいです。
森のバターっていうくらいだもんね。気をつけなきゃ。

となりの商店と店主

そうそう、国の試験牧場で最初に移殖したグループが、
今月末あたり、妊娠鑑定できる予定です。
何頭受胎してるかな?
あまり期待してないのだけど(-_-;)||||||
すでに発情が来て不受胎っぽいのが3頭、不明なのが5頭。

ちなみに先週末、
ゲホゲホいいながらその牧場にて第三グループの移殖をやったんですが、
予定していた9頭のうち4頭は状態がイマイチだったので見送ることにし、
残る5頭にどうにか移殖しました。
見送った分の4つ、凍結受精卵が残ってます。
こやつを移殖しないと日本に帰れません。
というわけで同じ日に別の8頭を選んで、
耳にホルモン剤を埋め込んできました。
移殖予定は6月2日。

なんとその翌日の6月3日は早くも帰国報告会です。
たいへんだー!

さーてと。
今日もがんばって仕事するか。
ほほー。忙しい。いいことだ。

2011年3月25日

マグロのように泳ぎ続けるんだ!

週末にしっかり食べてサウナに行ってチャージしたおかげか
なかなかいい調子で仕事をこなしている今週のわたしです。

いつもこれに時間がかかるとわかったので
来週の出張のための出張費申請の手続きを超はやめにスタートしました。
職場の一番えらい人、Dr.テオジェン(ナイスミドルなできる男)が
なんとガーナに出張に言ってるというので
代理のいじわるドクターからサインをもらわなきゃいけなかったんだけど
なんかいろいろ嫌味を言うわけです、こやつは。
「この講習のためだけに4人?この人たちは他にやることはないのかね?」だの
「1日で17頭も移殖?集中力が切れて成功率が下がるはずだが。」だの。
彼は、ほんとは自分が担当することになってたプロジェクトを
ほったらかしにした結果、わたしに取られてねたんでるだけなので、気にしない。
わたしの後任ボランティアの活動があの男に邪魔されないことを祈る・・・(-_-
それから2ヶ月遅れの隊員報告書を仕上げ、
配属先の上司からその報告書にコメントをもらい、
先週の出張関係の書類を会計部のシャンタールに提出し、
もうひとつ、来週の妊娠鑑定トレーニングの講師を依頼されたので
その打ち合わせと配布資料の準備をして・・・

でも今週すまさねばならぬ仕事の中で一番の強敵、
「受精卵移植トレーニングの配布マニュアル作り」が終わらなーい!∑(; ̄□ ̄
うごぉぉぉぉぉ・・・週末返上でがんばらねば。
と言っていたら、上司からメールで
「第三期報告書を31日までに提出せよ」だって。
ぶひ。それは出張先で作ることにする。

再来週はさらに
別の妊娠鑑定トレーニングでも講師をすることになってるんだけど、
日本でいつも自分でやってた技術を教えるのは気がラクだし、楽しいです。
そういう意味で言うと、受精卵移植関係の仕事は○▼※△☆▲※◎★●・・・!?
いや、これも仕事だ!がんばっていきまっしょい。
村落開発の隊員たちなんて、
蜜蝋づくりだの水道ポンプの修理だの泥水の濾し方だの、
そういうわけわからん技術を村人たちに教えないといけない人もいて、
それでも孤軍奮闘、立派にがんばってます。
泣きゴト言ってる場合じゃない!


暗幕のない部屋でプロジェクター使うなんてナンセンス~。
カレンダーの裏にせっせと説明用の絵を描いてます。 英語がおかしいとか字が汚いとかいうのは気にしないでいただきたいっす。
赤ちゃんの顔がかわいくかけたので嬉しい。

2011年3月18日

大臣がやってきた&出張

土曜日の夜。
来週は月曜日から出張だー!チェストー!
・・・って思ってたら上司からメール。
「明日9時にオフィスに集合。月曜日の農業省カンファレンスの準備をします」
なんだそのカンファレンスって。聞いてないし。
前日、いや当日になるまで大事な予定が知らされないのには慣れてるけど、
予定していた出張は当然のように延期。。。
(すでに2回延期されているんだけどね)

ってことで日曜の朝から、各デスクの責任者が集められて
事業成果をアピールするためのディスプレイ作り。
会議室では突貫工事で豪華なカーテンが取り付けられ、
昨日の雷で燃えてしまった電気制御盤が瞬く間に修理され(いつもは半年かかる)、
トイレには、トイレットペーパーが3つも補充され、(いつもはゼロ)
お花の香りの液体ハンドソープまで設置されてました。
ひえ~!

翌日、ついに鉄の女、農業大臣カリバタの登場。
するどい目つきと、むちゃくちゃな質問にみんなタジタジ。
いつも昼間っからビールばっか飲んでるダメ同僚が突っ込まれてるのは愉快だったけど。
そうそう、現地語でプレゼンと質疑応答したら(って言っても2分くらい)、
あとでトイレに行ったとき、廊下にいた来賓たちに
「こんぐらちゅれいしょん!!カリバタは君のスピーチでごきげんだ!」
って握手を求められました。
でもたぶんカリバタは
わたしのめちゃくちゃな現地語に笑いをおさえきれなかっただけだと思う。

ほっとひといき。
さて火曜日、今度こそ出張に出発。

フエ県にある国営実験牧場で
パラベット(高卒の無免許獣医)と獣医さん(こっちは本物?の獣医)を相手に
受精卵移植の初心者トレーニング。
いつものことながら、旅費の小切手がまだ発行されないだの、
突然、屠畜場に採血しにいくことになっただの、
家に忘れ物をしてきただので待たされまくり、3時間遅れで出発^^;
はーぁ。
でもいざ現地に到着して講義を始めると、
けっこうみんな意欲的に聞いてくれて、質問もたくさんして、
これはいい感じだぞ~!って思ってたら、
二人のパラベットが、「わたしたち金曜日にウムタラの大学で試験があるので
木曜のお昼にはここを出ないと・・・」と言いだしました。
は?じゃあなんでこの訓練に参加することに同意したの!?
と思いつつ、仕方ないので内容をいくつかカットして
4日間の予定を2日半で終わらせることになりました。

2泊3日の宿泊は牧場から40分ほどのところにあるブタレっていう町。
同僚のクレレの案内で、教会のシスターが経営している宿泊施設へ。
これがとっても新しくてきれい。
部屋はこんな感じ。

トイレと水浴び場は共同だけど、とにかく清潔だし、
施設の半分が大学の女子寮だってこともあってセキュリティもばっちり。
そして一泊3000フランなり~。超お得!
施設の周りには女子大生が常にウロウロしてるんだけど、
みんなほんとオシャレさん&スタイル抜群!
なんでみんな結婚したらあんなにブクブク太っていくんだろう・・・謎。

1日目は同僚たちと町外れの安いレストランで食事をして、
2日目は早く終わったのでひとりでブタレの中心街を散策して
この町に配属されている隊員と一緒におしゃれなレストランに行きました。
おしゃべりしながら、
キガリではめったに売ってないブルンディ産のビールや
ドラフトビールを次々と空け、
チーズとサラミのアソート、チキンスープ、ピザを平らげました。
なんせ前日の夕食が、切れかかった蛍光灯の下で
冷えてないビール&冷えたルワンダ料理、というものだったので・・・
(それはそれで好きなんだけど。)

ブタレはかつてルワンダが王国だったころから栄えていた町で、
なるほど、大慌てで作った感じのキガリの町とは違って
古いレンガ造りのバーや、植民地時代の建物をリメイクしたホテルなど
ゆっくりと丁寧に作られてきた歴史を感じる風景でした。
ブタレには国立博物館もあるので、
5月に妹がルワンダに遊びに来たときにまた一緒に行こうかなぁ。

話はトレーニングに戻って、
ここで有望そうな獣医の女の子を発見しました。
今年この国営牧場に採用になったばかりのDr.ドリ。 (下の写真、右端の子)
英語も流暢だし、質問も鋭いし、
1時間(ときには2時間も)平気で遅れてくる他の受講生と違って
始まる前から席について前日のノートの見直しとかしてるし!
「まずは人工授精の経験が必要なんだけどやったことある?」って聞いたら
見栄張ったりせずに「ありません」って正直に答えるし!
つまりはまったくルワンダ人らしくないのだ。
よっしゃー!わたしは残りの期間をこの女の子にかけるぜ!!
いや、あんまり期待しすぎは危険だ・・・ほどほどにね。

初めて取り入れてみたグループワーク。


最終日は受講生みんなと牧場の隣の村のバーにて
ブロシェット(ヤギの串焼き)とジャガイモで打ち上げ。



そんなこんなで、一昨日キガリに帰ってきました。
やっぱキガリはごみごみしてるな~ (-_-;

でも帰り道の車の中で、
学歴だけでここまできた経験値ゼロの同僚に技術を磨くチャンスをつくる
いいアイディアを思いつきました!
翌朝出勤してそのことを上司に話したら、珍しく賛成してくれたので
意外とうまくいくかもしれません。
(帰国前になって活動が充実し始めるって話、ほんとかも・・・)

2011年2月15日

すごく微妙

ちょっと前のことになるけど、
去年の11月に同僚たちが初めて練習で移植した受精卵は
残念ながら5頭とも受胎しませんでした。

本当は受精卵の入っていないダミーのストローを使って
練習用の安い牛で何度か練習した上でトライすべきなのですが、
苦労して準備した練習の機会はことごとくとんでもない理由でキャンセルになり、
突然降って沸いように訪れた実地練習の機会、
それがこの牧場での「いきなり本番!」の移植だったのです。
・・・当然の結果かもしれません。

しかし、この牧場は実験牧場でもなんでもなく、個人経営の牧場なので、
このまま妊娠していない牛たちをほったらかしにするわけにはいかず、
オーナーさんと話し合って、
フォローアップとしてもう一度、3頭の牛たちに移植を行うことになりました。

一頭はルワンダ人同僚が、2頭はわたしが移植しました。
本当は全部ルワンダ人同僚にさせてあげたかったんだけど、、
「今回は練習より成功率優先!」というボスからの命令があったので、しかたなく。

で、3頭の中の最後の牛に移植してから2ヶ月ほど経過したので、
さっそく昨日、同僚と妊娠鑑定に行きました。

ガタボコの土の道をゆっくり車で登ったり降りたりして、ようやく牧場に到着。
キガリは首都だけど、ちょっとメインロードをはずれるとすぐに赤土の道が現れます。

初めてこの牧場に来たときに案内してくれた、牧場チーフのルシェマが
3ヶ月の謹慎を終えて牧場に復帰していました。
これはありがたい!
(なんで謹慎処分を食らっていたかは不明ですが)
どの牛が誰、どの牛が妊娠何ヶ月、というのをはっきりと記憶しているのは
このルシェマだけだったのです。
彼は文盲ですが、牛の生態について非常によく理解していて、牛の扱い方も素晴らしく、
このルシェマがいたからこそ、
わたしはこの牧場でトライアルを始めることを決心したくらいです。
ところがわたしたちが計画をスタートさせたとたん彼は謹慎処分となり、
ルシェマ不在の状態で受精卵移植を実施せざるをえないわたしは
ものすごく不安でした。

実際、彼がいなくてとても大変でした。
他の使用人たちは、牛を識別できないくせに、牛を平気で殴ったり蹴ったりするし、
どの牛が妊娠していて、どの牛がいつ発情したか、という大事な情報を
一切覚えることができないのです。

「ルシェマひさしぶり!帰ってきたんだね!うれしいよ!
今日はウムチョと、イニェラミヒゴと、マンジ(牛の名前)の妊娠鑑定をしたいんだけど」

「帰ってこれて僕もうれしい。
ウムチョとイニェラミヒゴとマンジか・・・、あぁ、ウムチョは先週、流産したよ」

ほら、どの牛が誰、ってすぐわかるし、それぞれの牛のことが全部頭に入ってる。
さすがルシェマです。

・・・え?っていうか流産!?

がーん・・・
だけど、ということは、いちおう妊娠はしたんだ・・・。
一歩前進。
だけど流産とは・・・残念です。

あとの2頭は?と聞くと、すぐに「こっちだ」と案内してくれました。
他の使用人たちだったら、この「牛を探す」作業だけで30分かかったんだよなー。

さっそくイニェラミヒゴをチェック。
妊娠してる!!
でも妊娠81日にしては子宮がちょっと小さすぎる・・・妊娠40~50日くらいの大きさ。
なんで??

もう一頭、マンジもチェック。
やった、これも妊娠してる!!
こっちは妊娠78日なんだけど、それ相応の子宮。

しかしなぜにイニェラミヒゴの妊娠日数と子宮の大きさが合わないのだ?

もしかして、使用人たち、勝手にこの牛たちをオス牛と一緒にしたのかも!?
通常、メス牛が発情したら、ふだん隔離しているオス牛を連れてきて
そのメス牛と自然交配させるため、数時間一緒にします。
「でもこの受精卵移植を受けた牛は、オス牛と一緒にしたらだめだよ!
お父さんが誰だかわからなくなるからね!」
って言っておいたのに・・・

わたしの予想。
想定していたより子宮のサイズが小さいイニェラミヒゴは、
たぶん受精卵移植では妊娠しなかったんでしょう。
その5週間後くらいに自然に発情したときに、使用人たちがオス牛を連れて来て、
それによって妊娠したんじゃなかな。
そうすると計算が合います。

「オス牛と一緒にした牛はどれとどれ?」
と聞いても、使用人たちの答えはバラバラ。
さすがのルシェマも先週復帰したばかりで、当時のことは知りません。
ルシェマの後釜として新しく雇われたチーフは、
字は書けるけど牛を識別できないし、大事なことは記録していない。

だめだこりゃー!
せっかく妊娠してるけど、
これじゃ受精卵移植で妊娠したんだか、オス牛が乗っかって妊娠したんだか、
証明のしようがありません。

ルシェマが謹慎になってなかったら、
こんないいかげんな結果にはならずに済んだのに・・・。
うーーっ!!悔しすぎる!!
マンジにはジャージー牛の受精卵を移植したので
今年の秋にジャージー牛が生まれたら、移植で妊娠したってわかるけど、
イニェラミヒゴに移植したのはホルスタイン牛の受精卵。
受精卵で妊娠したとしても、オス牛によって妊娠したとしても、
どっちみち白黒もようの子が生まれてくるから、どっちかわかんない。
遺伝子検査は・・・もちろんここでは無理。


運転手が「そろそろ子供たちを学校に迎えに行かないといけない」と言うので
とりあえず牧場をあとにしました。
うーん・・・どうしたものか・・・
車の中でもモヤモヤ・・・

牧場からの帰りに小学校に寄って、子供たちを拾いました。
運転手の子供(真ん中)とそのお友達。
ピカピカの小学一年生です。
今日ようやく制服が支給されたらしく、初めての制服を着て、ごきげんです!
お父さんも、
「こりゃーすごい!まるで大人みたいだぞ!うれしいか?そうかそうか!
週末は写真屋さんに言って写真をとろうな!」
と大興奮でした。
この運転手のこんなに嬉しそうな顔、初めて見たよ。
子供が6人いても、ひとりひとりをこんなにかわいがるルワンダ人。
なんかすごくいいな、とあったかい気持ちになりました。

2010年12月10日

お引越し

前回の続き。

牛たち、無事にお引越ししました。
いや、全然「無事」じゃなかったけど・・・ ^^;

待てど暮らせどトラックが来ない。

運転手に「今どこなの?」と電話をしても

「もう近くまで来た」
「あと5分」
「もう少しで着く」
というセリフを1時間くりかえす、ルワンダンランデブー。


待ちくたびれたハーズマン(カウボーイ)たち。


子牛たちはこれから何が始まるかも知らず
木陰でミルクがあったまるのを待っています。
母牛たちはずーっと日の照りつける草原を
のっそりのっそり群れで移動しながら草を食べていますが、
子牛たちは日がな一日、こうやって木陰でのんびりしています。

ようやくトラック到着。
ハーズマンたちが牛をトラックに追い込みます。
こんな小さいトラックに6頭なんて絶対載せきれないよ!と大反対しましたが、
やつら、無理やり押し込みました。
日本だったらこのトラック、せいぜい2頭だよ。。。

案の定、道中なんども荷台で牛が倒れたり、下敷きになったり。
ちょっと走っては止まってもらい、牛を立たせてつなぎ直しました。
こんな調子では今日中に目的地には着かないな・・・と思っていたら、
さらにめんどうなことが。

数キロおきに路肩に立っている警察官に検問されるわたしたちのトラック。
なんと止められた回数7回!

ちゃんと「牛を移動させてよろしい」っていう許可証を持ってるか、
車の整備はちゃんとやってあるか、などなど
毎回、止められるたびにしつこくチェックされ、
バックライトが点かないことを咎められ罰金を払う運転手。。。 オイオイ


・・・というわけで、結局2日かかって、
ようやく、ようやく目的の牧場にたどりつきました。

牛もぐったり、人間もぐったり。


ここでしばらくのーんびりしてもらって、
新しいおうちに慣れたころ、同僚たちの練習台になってもらう予定です。


ぼくもママと一緒に引っ越してきたよ!

2010年12月2日

牛選び

やってきました、東部州はニャガタレ。

最高のお天気。牛日和。
ここで牛を15頭ほどゲットするのが今日のお仕事です。

ハーズマン(牧夫)たちに誘導されて
牛たちが集まってきました。
ルワンダが誇る在来種、「Inyambo(イニャンボ)」です。
ルワンダの伝統舞踊でよく見るこのポーズ(下の写真)は、
イニャンボの大きな角を表現してるんだそうな。

ハーズマンたちが妊娠してない牛を選り分けてくれたので
(なんで妊娠してないってわかるんだろう・・・)
その牛たちのコンディションをチェック。
同僚のクレアにも直腸検査してもらいました。

こればっかりは数をこなさないとね・・・。
がんばれクレア!
選ばれなかった牛たちは、いそいそと草原に帰っていきます。

週明けにトラックを手配して
今日選んだ牛たちを国営試験農場に移動させます。。

首都への帰り道。

いつものように、数キロメートルおきに警察(写真に写ってる黄色いジャケット)がいて、
二人一組で検問しています。
輸送トラックは特に念入りにチェックされるので、移動許可証が必須です。
牛たちを移動させる許可証を用意しておかなくては・・・

2010年11月25日

あれよあれよと

なぜかよくわからないんですが、
イロイロといい方向に進み始めました。


初めての受精卵移植を終え、ほっと一息、と思っていたら、

同僚のヴィンセントが今までにないやる気を出していて
なんと自主的に受精卵移植の練習をしたいと言い出し、
週末の朝から、練習に付き合わされる始末。


朝8時集合の予定だったのに、
当日の朝早く電話してきて、「やっぱり7時半集合にしよう!」
と、これまで必ず30分は遅刻してきた人とは思えない豹変っぷり。

なんか変な薬でも飲んだんじゃないかと心配になってしまうほどでした。

雨が降ってきたから中に入ろうと言ってもやめようとしないヴィンセント。



ついでに
「どうせまた読んでくれないんだろうなー」 と思いつつ
こないだやった初めての受精卵移植についての報告書を
テンション低めで提出したところ、
翌朝驚くべき展開が!!

わたしのオフィスの内線が珍しく鳴り、
「トップがユミを呼んでる」とのこと。

慌てて行ってみると、
「報告書に、スタッフのさらなる練習のために牛が必要と書いてあるが
何頭必要なんだ?」

えええー!報告書読んだのですかアナタ!
嬉しくてドキドキしつつ、

「上司が15頭の牛を購入する方向で入札の準備をしている聞いています」
と答えると、

「それじゃ何ヶ月もかかるね。来週の月曜までに牛を用意しよう。
明日か明後日にでも東部州に出張して牛を選んできなさい。」

!?
トップもなんか変な薬を飲んだんじゃないのか・・・?と
かなり疑心暗鬼になりつつ、

とりあえず明日、同僚のクレアと二人で牛選びの旅に行ってきまーす!



ケニアに研修に行った隊員が買ってきてくれたイクラ。
軍艦巻きにしたら卒倒するおいしさでした。
サーモンも納豆もおいしかった・・・
進んでる国はいいなぁぁー!

2010年11月24日

一歩踏み出した!

もう2週間くらい前のことになってしまいますが、

ついに!
受精卵移植、やりました!

受精卵移植というのは、
めっちゃ優秀なお母さん牛の娘がたくさん欲しい、というときにやる技術です。

まず、めっちゃ優秀なお母さんを選びます。
そのめっちゃ優秀なお母さんに一週間くらいかけてホルモン剤を打って
通常、一回に一個しか排卵しないところを、たくさん排卵するようにさせます。

そのあと、そのめっちゃ優秀なお母さんに、めっちゃ優秀なお父さんの精液を使って授精します。
すると、めっちゃ優秀なお母さんのお腹には、
めっちゃ優秀なお父さんとの子供(受精卵)がたくさんできます。

これを放っておくと、五つ子ちゃんとか、十つ子ちゃんとかになるわけですが、
お母さんは一度に一頭の子供しか産めないので、
子宮の中を漂ってるたくさんの子供たちをいったん取り出して、
それを妊娠してない他のお母さんたちのお腹に、ひとつずつ移殖します。
つまり借り腹ですね。

うまくいけば、約10ヵ月後には、それぞれの借り腹から、
めっちゃ優秀なお母さんの子供が何頭も産まれる、というわけです。

ルワンダでは初めての試み。

今回はまったく自信がなかったので
北部州の獣医大学に配属の獣医隊員、牛ノ濱くんにも助っ人に来てもらいました。

受精卵がいくつ取り出せるかは、技術者の腕と、牛のコンディションしだいで、
ベテランがやっても1個も見つからないときがあるので、
いきなり5個も10個も期待するのではなく、
とりあえず1個でも見つかればいいな~くらいの気持ちで。

まずは同僚に作業の流れを体験してほしい。
そして、できれば、「ほら、これが受精卵だよ!」って見せてあげたい!
とにかくやってみるべし!

お母さん牛に麻酔して、子宮にカテーテルを入れていきます。
お母さん大暴れ。。。大苦戦であります^^;
カテーテルがうまく入ったら、
そのカテーテルを通してこの特別な液体を子宮の中に注入します。
で、注入したと思ったらすぐにその液体を回収します。

そう、この回収された液体の中に
もしかしたら受精卵がプカプカ浮かんでる(かも!)というわけです。
この作業を何回かくりかえします。

子宮を通って回収された液体は
とても目の細かいフィルターを通してから廃棄されます。
うまくいけばこのフィルターに受精卵がひっかかってる・・・はず!

さっそく、フィルターにひっかかったものを
顕微鏡で検査します。
受精卵・・・受精卵・・・

・・・・・・

あったぁぁぁぁー!!!
感動の一個目、発見!
すっかり疲れて隣の部屋で牛乳を飲んでる同僚たちを呼びに行きました。
ほら!これが受精卵だよ!!

同僚たちも静かに感動しているのが伝わってきます。
「ゆみ、受精卵はこんな感じに見えたぞ・・・」と絵を描き始めるヴィンセント、
「自分も受精卵見つけたい!」と顕微鏡の席を陣取って
すでに検査済みの液体をにらむクロード。


そう、この瞬間のためにわたしはずっと準備してきんだ・・・(感動の嵐)
感慨深く牛乳を飲みつつ、
回収液は全部検査したから、たぶんもう新たな受精卵は見つからないだろう、
雨も降ってきたし早く帰りたいなー・・・などと考えていたら、


「もういっこ受精卵見つけたーー!」とクロードが言うではありませんか。
顕微鏡をのぞくと、ほんとにもういっこ見つけてました。
受精卵がまだ残ってたことにもびっくりだけど、
それより、粘液やら細かいゴミやらが浮かぶ液体の中で
クロードが自分でちゃんと受精卵を識別できたことに超びっくり。

発見された2個の受精卵はまぁまぁの品質でしたが、
とりあえず、準備してある5頭の借り腹のうちの2頭に、一個ずつ移殖しました。
残りの3頭には、カナダ産の凍結受精卵を解凍して移植しました。

来月、クリスマス前に妊娠鑑定をする予定です。
一頭でも妊娠してくれれば、同僚のモチベーションも上がるというもの。
いいクリスマスが迎えられるように、どうかどうか妊娠してください!!!
祈るような50日間の始まりです。

2010年11月5日

やってみるしかない(後編)

(つづき)
ある日、ものすごく久しぶりにダイレクタージェネラルの車を発見!

つ、ついに姿を現した!!


走り寄って、ウィーンと閉まりつつある窓をガシッと押さえ、

私 「一日も早く、試験に入りたいんです!スタッフの練習に使う牛を用意してください!」

ダ 「ISAR(国営試験場)でやればいいじゃないか」

私 「以前あそこで準備してたら、ISARが余計な条件をつけてきたからこの技術協定はなかったことにしろ、と突然おっしゃったじゃないですか。」

ダ 「じゃあ受精卵移植やりたがってるそのへんの農家でやればいいじゃないか」

私 「まだ一回もやったことのないスタッフがいきなり成功するわけがないです!今は一般向けのサービスを始めるには早すぎます。」

ダ 「君が移殖すればいいじゃないか」

私 「それじゃ意味がないんです。だから数年前にイスラエルの技術者を呼んでやったときは・・・ナンチャラカンチャラ・・・」


ダ 「じゃあうち(RARDA)のニャガタレ牧場でやればいいじゃないか」


私 「その牧場で準備を進めていたら、急に、ここの牛は大統領の所有物だから試験に使うなんてだめだって言われて、それであなたからの決定を待っているんです」


ダ 「あーわかったわかった!牛を用意する!君のプロジェクト用の牛だ!」

そ・し・て・・・



ついに念願の牛を10頭購入する入札の手続きが始まりました。
これまでの経験から、この手続きには半年くらいかかると思いますが・・・
願わくば、わたしがルワンダにいるうちに牛がわたしたちのもとに届きますように。

ついでに、上司から紹介されたルワンダ軍の幹部、ミスタームヒルガに会いに行き、
受精卵移植について説明し、
今はまだ成功率は未知数だけど、この技術がこの国に根付くように努力するので、
その人が所有する牧場の牛をスタッフの練習用に貸してもらえないだろうか、
と交渉したところ、
最後には快諾してくれました。

先月からこの農場に通いながら、
妊娠してない牛を片っ端から検査し、
選抜した牛のコンディションを整えてきました。


そして先々週は、6日間、12時間おきに注射を打ちに通いました。
受精卵を取り出す側の牛に、たくさん排卵させる注射です。

特に病気の治療というわけではないので
日本だと、農場の従業員に頼んで打ってもらったりするのが普通なのですが、
決まった時間に予定通りに仕事をこなすことが大の苦手のルワンダ人に
この12時間おきの注射を依頼するのはやや勇気がいることで、
同僚たちも「絶対じぶんたちでやったほうがいい」と言うので、
じゃあちゃんと朝6時と夕方6時、時間通りに来てね、と約束。
まぁ2回ほどすっぽかされましたが(笑)、
それでも予想以上にがんばってくれた同僚たち。

他のミッションも任されている忙しい彼らのスケジュールをどうにか合わせ、
3回の講義も実施しました。
屠場(食肉解体場)から買ってきた子宮を使って、
丸一日、移殖器具を子宮に通す練習。

経験のないまま学歴だけでここまで来た人たちなので
びっくりするくらい下手なんですが、
なぜかとても前向きです。

カテーテルから内芯が抜けて飛び出していることに気づかず子宮を刺していたときも
「この練習でこの失敗をしておいてよかったよ!」と超ポジティブ、

帰り際、立ちっぱなしでヘトヘトになったわたしに
「ゆみ、がんばりましょう!わたしたちは絶対成功する気がするわ!」と
これまたポジティブ。

なんでこんなに前向きなのか、
その自信はどこからくるのか、もうさっぱりわかりませんが、
とにかくやってみるしかありません。


いよいよ週明けの月曜日、
ホルモン処置した2頭の牛のお腹から実際に受精卵を取り出し、
他の5頭の牛のお腹に移殖します。

移殖する受精卵がちゃんと受胎してくれるかとても不安ですが、
それ以前に、
ちゃんと時間通りスタッフが来てくれるか、
牧場のカウボーイたちに頼んで作ってもらってる牛を固定する枠が当日までにできあがるか、
当日停電して顕微鏡が使えないという事態に陥らないか(可能性はとても高い)、
心配の種はつきません・・・。

やってみるしかない(前編)

ここへ来て一年間、
3歩進んで2歩下がる(たまに3歩下がる)感じだったわたしのプロジェクト。
どうにかこうにか、
実地試験にこぎつけそうなところまできました!

受精卵移植の技術導入、というのがわたしのミッションなのですが、
技術と道具があっても、
じゃあどこのどの牛で始めましょう、っていうのが決まらず
あちこちで着手しては頓挫する、というのを繰り返してきました。



今度こそ!という意気込みでトライしたのが、
RARDA(わたしの配属先)が所有する牧場。

イニャンボという大きな大きな角を持つ在来種の牛が
どれがどれとも記録されないままに自由奔放に放牧されているところで、
まずはその200頭ほどの牛たちに
耳標(ピアスみたいなので耳に名札をつける)をつける作業からスタート。

どこまでが牧場かさっぱりわからない広大な土地に散在している牛たちを
カウボーイたちが上手に一箇所に集めてくれた・・・のはいいけど・・・

こんなにたくさん、どうしよう?
しかもすごい角・・・


ハーイ、みなさん枠に入ってくださーい!

牛をロープで固定すると牛の力で枠が壊れるので、
カウボーイたちが力ずくで角を押さえて固定します。

なんせこれまでずっと野生チックな生活をしてきた牛たちなので
人間につかまったら殺されると思って、もう大暴れ。

それでも、首都から3時間もかかるこの牧場に何日も通って
牛をいくつかの群に分けることも決まり、
ようやく耳標つけも終わりそうだぞ、というころ、
これまで幾度となく経験した、「突然の終了宣言」。

今まで誰の指示も受けずに自由気ままに牛を追い、乳をしぼり、
その乳を売っては小銭を稼いでいたカウボーイたちが
子牛と親牛を分けろだの、お乳の量を記録しろだの、
メンドクサイ仕事が増えたことを不服に思い、
謀反を起こしたのです。
そのカウボーイからの真偽入り混じった訴えを真に受けたうちのトップが
この牧場での試験中止を宣言・・・またふりだしに戻ります。

さぁ、次の候補地を決めなければ!と気持ちを切り替えたところで、
あろうことか、配属先のトップ(ダイレクタージェネラル)が突然の休暇に入ります。
彼がいつ休暇から戻るか、秘書を含めて誰ひとり知らない、という信じられない状態で、
あらゆる決定が先送り。

「早く何らかの実績を出せ」というプレッシャーだけがのしかかる日々。。。

2010年7月23日

やっとフィールドへ!

結局、他の国家プロジェクトに忙殺されてこちらにまったく時間をさけない同僚はもう置いといて、
ドクターユミが勝手に仕事を進めてよろしい、ということになったので、
(いや、もちろん主体はルワンダ人であるべきなんだけど・・・)
国営牧場の牛を使わせてもらってフィールド試験に入ることにしました。

で、その国営牧場と「ここはひとつ協力しましょうや」っていう協定の準備をしつつ、
実際どんな牧場なのか、偵察に行ってきました。

ISARっていう農業省のリサーチ機関が所有する6つの牧場のひとつ。
380平方kmもあるんだって。
丘陵地なのでとにかくアップダウンが激しくて、標高も高いので、
ここにいるだけで心臓の壁が分厚くなりそう。


あらやだ、ムズング(白人)よ。
やーね、なに見てるのかしら。


できれば赤ちゃん産んだことない若い牛で始めたいんだけど・・・って言ったら
それならこの群れだ、と連れて行かれたのが下の写真で、
赤ちゃん産んだことないどころか、おまえがまだ赤ちゃんだよ、っていう群れ。
もうちょっと大きいのはいないの?と聞くと、
いやー遺伝改良のためにいろいろ掛け合わせすぎてわけわかんなくなったので
実はこないだ200頭まとめて売っちゃったんだ、とのこと。

写真に写ってるのは、待望の新しい獣医隊員です。
この国の獣医隊員はずっとひとりだったので、もうめっちゃ嬉しいです。
牛の臨床を5年やってたとか、鹿児島出身だとか、
いろいろかぶっててますますテンションあがります。
彼のミッションは北部州にある農業大学で獣医学科の先生をするというものですが、
到着直後の現在は首都で現地語の訓練を受けているので、
ちょうどいい!ということで、一緒についてきてもらいました。

うーん、この子くらいなら再来月ごろには使えるかな・・・?

とにかく、どんな牛がいて、どんな飼い方をしていて、どんな設備があって・・・
ということがわかったので大きな一歩です。
ここで遺伝改良にいそしむファブリスという研究者は
賢そうだし協力的なんだけど、フランクフォンなので英語での会話にかなり難アリ。
結局、この日のやりとりはすべて現地語でした。
むむー、現地語もますます鍛えられそうな予感。(フランス語を始める気力はなし。笑)

2010年6月21日

だめだぁ

計画書や提案書を出しても、
ミーティングしましょうと言っても
「忙しいからあとで!」の繰り返しだった上司が
ようやく
「大きな進展のないまま一年が過ぎようとしている」
ということに気付いてくれて
事態は好転し始めていたんですが・・・

あれもこれもと、華やかなプロジェクトはすべて自分が仕切りたい同僚が
完全に容量オーバーで
あらゆる作業が後手後手。
それでわたしの担当プロジェクトも再び頓挫。

ドイツの会社から届いた移植器とシースは
なぜか長さも太さも全然フィットしなくて
調べてみると、お互いの型番が合ってない!
メールで問い合わせると、
「この移植器とシースを一緒に使うとは思わなかったので・・・」
って、小学生みたいな言い訳が帰って来て
ひっくり返りそうになりました

また入札からやりなおし。

受精卵を扱う器具を洗うための専用の洗剤を注文したら
これでいいですか?と提示されたのが
皮膚病の治療のための薬浴剤。

いや、全然違います、実験器具を洗う洗剤です、
と伝えたところ、
何日かして再び提示されたのは
床磨きや洗車に使う洗剤と、
手を洗うハンドソープと、
動物小屋の消毒をする洗剤・・・

いや、だから入札書類にも書いてあるように
わたしたちが洗いたいのは車でも犬小屋でもなく、
細胞を扱う実験器具なんです!!
「laboratory detergent」で検索したらいっぱい出てきますから!
と念を押すと、

週明けの今日、
「ご希望の品は用意できないことがわかりました」
というかなり残念な連絡が・・・。
めんどくさくなったんだろうな。

4社に見積もりを出してもらうよう依頼したけど
この会社以外、音沙汰すらなし。
同僚は気がついたらガーナに行っちゃってるし、
頼みの上司は省庁からの呼び出しで東奔西走しててつかまらないし、、
あーあ、どうしましょ。


毎朝、庭のひよこにパンをちぎって投げながら
「あーあ・・仕事行きたくないよぅ・・・」とつぶやく今日この頃。

2010年4月16日

最近、職場にお弁当を持って行っています。
といっても、am7:00始業となかなか忙しい朝なので
ゆうべのご飯の残りを温めて詰めるだけなんですが・・・。
一見、「残飯か?」みたいな様相ですが
まぁ実際のところ残飯なのでいたしかたありません。
おいしかったらヨシ!(強気)

真昼の太陽が照りつける中
とりあえず何か話しかけたい道端の無職オッサンたちが
「おいッ!!ムズング(白人)!金くれ!」
って連呼するのを聞きながら
お昼ごはん食べに出かけるよりマシかなーと。

お昼ごはんを食べてたら
雑用係のガテシが上司からの指示メモを持ってやってきました。
解読できますか?笑
すごく頭の切れる上司なのですが、
ペンの握り方がなんというか超斬新なんです。
むむぅ・・・

2010年4月12日

トレーニング

人工授精の講習会。
まずは理論編。
同僚が講師で、わたしはそのサポート役だったのですが
配布テキストもなし、図で説明するでもなし、口で説明するだけです。
同僚が唯一黒板に書いたのは、
「0.25ml、0.5ml」
(ちなみにこれはストロー1本に入っている精液の量)。
あと、「さっき言ってた器具の名前のスペルがわかりません」
との質問に応えて
器具の名前を2つ3つ書き並べただけ。
これでほんとにみんな理解してるのかな・・・?
心配になってしまいました。


同僚に悪いなと思いつつ、講義の内容があまりにアレなので、
翌朝、いつものようになかなかやってこない同僚を待つ間、
とっくに席について暇そうにしている参加者たちに補講をしました。
授精するタイミングを知るにはどうしたらいいか、ということと、
どうやったら注入器がうまく子宮頚管に入っていくか、ということを
模造紙に描いた時間軸グラフと生殖器の模式図を使って説明しました。

「あー!そういうことか!」っていう表情を見るのはとても嬉しかったです。

そのあとの休憩時間にもわたしの描いたイマイチな図を一生懸命ノートに写したり、
図を指しながら「この部分はどうなってるんだ?」と質問してきたり。
もしもプロジェクターで映し出していたら、こうはいかないと思います。
またカーテンを閉めて、あの画像をもう一度映してくれ、って頼むなんて面倒だから。

発展の過程にあるせいかもしれませんが、
「ものごとは“最新”で“かっこよく”なければならない」
っていう意識があるような気がします。
「講義では、パワーポイント資料をプロジェクターで映さなくてはならない」
って思い込んでる感じです。
模造紙にマジックで描いた絵でもじゅうぶんなのに。

ちょうど今から一年前、JICAの派遣前訓練で、
英語でのプレゼンテーションを何パターンも練習させられました。
同じ教室で学ぶ仲間たちを現地の人たちに見立てて。
聞いている人たち(みんな宿題で寝不足気味)を居眠りさせないように
あの手この手で注意をひきながら、
50分とか100分とか話し続けるのは
とても大変でした。
電気も器具もないところでも講義ができるように
手作りのvisual aid(視覚教材:図表や模型など)を使って、
聞き手にも前に出てきてもらってデモンストレーションをしたり、
聞き手に頻繁に質問したり、
そんな練習を2ヶ月間、毎日していました。

本当に意味のある訓練だったなーと今になって思います。

手作りのvisual aid(視覚教材)を残すこと。
またひとつやりたいことができました。

ながーい講義のあと、 実際の牛でやってみる前に
屠畜場から持ってきた牛の子宮を使って練習します。
ほほーなるほどなるほど

おやつタイム。
ミルクティーにドーナツにチャパティ。
アフリカはどこもそうだと思うけど
参加者は参加費を払う必要はなく、
それどころか手当て(一定額の日当)をもらえます。
おやつもでます。
りっぱな食事もでます。
最終試験はなぜかみんな合格できます。

お前ぜったい食事が目的で来ただろ!って感じの参加者もいたり。笑

2010年3月3日

Inama最高!

さあ今日はスタッフ総出の会議(inama イナーマ)ですよ!

朝8時から、トイレ休憩もお茶休憩もなく、9時間ぶっとおし。

今日のテーマは、2010年-2011年の行動計画。
うーん、壮大です。
え?お昼ごはん?
2時にファンタとドーナツとパウンドケーキが配られ
それをモソモソと食べながら会議は続行です。
全然足りない・・・おなかすいた・・・
後半はさすがに疲れてきてグダグダになるのかしら、と思いきや
みんなずーっと同じテンションで嬉々として発言しています。
彼らの新たな一面をまたひとつ発見。
ルワンダ人は会議が大好き!
日が傾いてきて、
この半野外の会議スペースに西日がギラギラと差し込んでくると
もう喉が渇いて渇いて、朦朧とする意識の中で
ますます白熱して聞き取り不能になっていくキニャルワンダ語・・・
そして会議の最後、驚愕の新事実が。
これからはもっと頻繁にこの総会を開こうではないか、
そうだそうだ、賛成賛成!
ということで、この会議、毎月最終金曜に開かれることになりました。
ゴーン・・・

2010年1月28日

再会

布にぐるぐる巻きになって仕事しないと寒くて仕方なかった先週から一転、
ここ数日、真夏日が続いています。
太陽に殺されそう!という意味の「イズーバ リラニシェ!」を連発しているわたし。
こんなとき、徒歩の往診は近距離でも億劫なもの。
まぁしかたないか、と行ってみると、40℃を超える高熱。

これが日本だったら、まず肺炎を疑うのですが・・・ここはアフリカ!
アナプラズマ症を最初に疑います。
次にタイレリア症(東海岸熱)。
いずれもダニが血を吸うときに牛から牛へとうつしてまわる病気です。
トコロ変われば臨床現場での勘もあんまり役に立たないもので、
ここはルワンダ人獣医におまかせ。
耳から採血して、顕微鏡で調べます。

ふと隣の部屋を見ると、
他の子牛よりひときわ毛並みのツヤツヤした美人な子牛がいました。
ん?この子は・・・
そう、一ヵ月半ほどまえ、わたしが難産で娩出させた、あの死にかけ子牛!
駆け寄ってきて、撫でてやるとと嬉しそう。
ほっとしました。
久しぶりに、臨床の醍醐味を味わった一日。
やっぱり現場はいいな。
(もうデスクワークやラボワークは嫌だ・・・)

2009年12月22日

ようやく一頭

一ヶ月前のことになりますが
それまで惨敗続きだったルワンダでのお産、
ようやく赤ちゃんを死なせずに済みました。
起立不能の状態で一週間も放置され、かなり危ない状態でお産を迎えたお母さん。
地元の獣医に診てもらったけど、放っておいていいと言われた、とのこと。
こんな状態で自力で分娩できると思ったのだろうか・・・
バカたれが!
っていうかなんでその獣医が今ここに来てない?!
そしてやたら胎児が大きいなと思ったら、
スーパーブル(高能力の純血種のオス牛)の精液で授精したとのこと。
こんな小さな未経産牛に、そんな大型牛の種をつけるなんて
わざわざ難産を作り出しているようなもの。
バカバカバカ!
タオルがなかったので
急いで着ていた服を脱いでそれで口の中の羊水を拭き取る。
人工呼吸して、心臓マッサージしてどうにか蘇生。


友達と夕食の約束をしていたこの日。
「ごめん!急患が入った!」
こんなドタキャンが日常茶飯事だった日本での日々を懐かしく思い出しました。
この国の獣医が24時間365日の往診体制を整え、
薬や器具を満載した車で出動することができるようになるには
あとどれくらいの年月が必要なのかな・・・

2009年12月16日

仕事の進め方

必要な器具や薬品を購入するのに入札を行うとのことで
その書類を作るように言われたのが8月の配属直後。
3日で仕上げて提出したのに、9月になっても進展がない。
聞くと、なんと入札書類を紛失したのこと。
急いでもう一度作って、提出。
10月、ようやく入札にこぎつけたものの
告知から入札までの日数設定が短すぎて
入札業者が間に合わず、
入札やりなおし。
またまた入札書類作りなおし。
今度は直属の上司に提出したあと
その書類がダイレクタージェネラルに行き着くまでずっと追っかけて
参加企業への配布にも同行して
とにかくすべてのステップに顔を出して
しつこく「書類はちゃんと渡してくれましたか?」
「サインはもう済みましたか?」と確認。
案の定今回も手落ちがあって、業者に渡す寸前に
入札書類の中の注文品リストを上司がまちがって添付していたことが判明。
あれほど何度も「こっちのリストを挿入してください」って念を押したのに・・・
あぶないあぶない!慌てて差し替え。
そして12月。配属されて5ヶ月目。
ようやく入札が開かれ、無事に発注業者が決まりました。
長かった・・・。
国の機関なのでただでさえ手続きが面倒なうえ、
なんてったって、ここはアフリカ。
ちなみにこれと同時進行であと4つ入札を行うのですが
先月上旬に作成したその書類が
またもや紛失していたことが判明。
「は?またなくしたの?これは何かのマジック?」
なんかもう怒る気も失せて、笑えてきちゃいました。
やっぱり誰のこともあてにせず
ひとつひとつ自分で確認に行かないかぎり
この国では物事が進まないんだな、
ということがようやくわかってきた今日この頃。