Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

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2011年6月6日

なにごとも経験です

この2年間、いくつもの結婚式に参列したけれど
これが最後の結婚式。
花嫁は同僚のエスタ。

午前中の儀式は「グサバ」、日本の結納みたいなものです。
新郎になる男性とその親族一同が、新婦になる女性の実家へ行き
「どうか我々にお宅の娘さんをください」とお願いするわけです。

参列者、何時間待たされても文句ひとつ言わず座って歓談してます。
3時間押し。

さあ始まりました。
まずは、新郎側と新婦側の親族同士による交渉スピーチ。
「おたくの娘さんをください。」
「大事な娘です。代わりに何をくれますか」
「牛を1頭差し上げます」
「いやいや、一頭では差し上げられません」
みたいなやりとりを長々とするわけです。

交渉が終わると、牛が運ばれてきて
牛を扱う聖なる爺さんみたいなのがひとりで歌って踊ります。
今回は牛を持ち込むのは省略したらしく、
聖なる爺さんが歌っている間、たびたび録音テープから牛の鳴き声が流れていました。
それが済むと、親族や関係者のスピーチ。
この間、家の中ではドタバタと花嫁やブライズメイドたちの着付けが行われます。





花嫁といっしょにブライズメイドたちの登場。



「え!え!チャイナがいるぞ!」
「見ろ!チャイナだ!」

騒然となる会場。
あちこちから向けられるカメラ。
とほほ。。。

それから指輪の交換。


このあと、花嫁から花婿&花婿の家族への贈り物贈呈、
それから花嫁と花婿によるファーストバイト(お互いにファンタを飲ませ合う)、
そしていくつかのスピーチで、いったんここはおしまい。

はゾロゾロと教会に移動して、そこで結婚式です。
さらにまた移動して披露宴もあります。
まともに最後まで参列すると、夜の8時、9時までいることになるから大変。

でも、この日は折れたアバラが痛むので、ここで退散することにしました。

結婚式の2日前に突然頼まれたブライズメイド。
当日は想定外のりかちゃん人形みたいな衣装に一瞬ひるんだけど、
まぁこれもいい経験・・・かな?

着付けの人に
「えー!この子、なんで体の前と後ろが同じなの!?これじゃドレスが下がっちゃう!」
って言われたけど、そんなのルワンダ人と比べられても困るよね。

エスタ、ありがとう。
いついつまでもお幸せに。

2011年2月27日

お葬式

友達の義姉であり、同僚の妹である人がエイズを発症して亡くなりました。
だんなさんもすでにエイズで他界していて、
写真左の男の子は孤児になってしまいました。


お母さん側の親戚が引き取ることになったみたいですが、それにしても不憫です。


人気歌手を起用した看板広告や、
「わたしは使います。あなたは?」と書かれたラッピングバスなどで
政府は盛大にコンドームの使用を奨励していますが、
貧困に苦しむ未亡人やシングルマザーが娼婦として感染を拡げていたり、
シュガーダディ、シュガーマミィと呼ばれる裕福な中年男性、中年女性が
お金に目の無い学生や若者を買春したりしていて、
なかなかコントロールが難しい状況のようです。


関連して、中高生の妊娠もあとを絶たず、地方の学校に勤める隊員が嘆いています。
わたしの家の警備員の娘さんも高校生で妊娠して学校を中退し、
職もなく、実家で何もせず暮らしていますし、
わたしが村落体験でホームステイしていたおうちにも
生まれたばかりの赤ちゃんがいて、
高齢のホストマザーが「わたしの子よ」と言っていましたが
おっぱいをあげていたのは未婚の長女でした。


夕方になると、みんな大人気のラジオドラマに熱心に耳を傾けますが、
内容はだいたい未婚の娘の妊娠とか、夫が外からもちこんだエイズだとか、
そんなのばっかりです。
放送時間の半分以上が女性の陰気な泣き声で占められていて
聞いてると気が滅入ります。。。
子供がこういうのを毎日聞いて育ったら、
こういうのが普通だと感じるようになってしまうんじゃないかと思うのですが、
一応、これは女性と子供を守る団体が作っている啓発ドラマなのだそうです。


いろいろと感覚が違うから、一概に何がいいとか悪いとか言えないし、
具体的になにをどうしたらいいのかわたしにもよくわからないのですが、
地方の女の子の教育レベルの向上、これはポイントのような気がします。

2011年2月15日

すごく微妙

ちょっと前のことになるけど、
去年の11月に同僚たちが初めて練習で移植した受精卵は
残念ながら5頭とも受胎しませんでした。

本当は受精卵の入っていないダミーのストローを使って
練習用の安い牛で何度か練習した上でトライすべきなのですが、
苦労して準備した練習の機会はことごとくとんでもない理由でキャンセルになり、
突然降って沸いように訪れた実地練習の機会、
それがこの牧場での「いきなり本番!」の移植だったのです。
・・・当然の結果かもしれません。

しかし、この牧場は実験牧場でもなんでもなく、個人経営の牧場なので、
このまま妊娠していない牛たちをほったらかしにするわけにはいかず、
オーナーさんと話し合って、
フォローアップとしてもう一度、3頭の牛たちに移植を行うことになりました。

一頭はルワンダ人同僚が、2頭はわたしが移植しました。
本当は全部ルワンダ人同僚にさせてあげたかったんだけど、、
「今回は練習より成功率優先!」というボスからの命令があったので、しかたなく。

で、3頭の中の最後の牛に移植してから2ヶ月ほど経過したので、
さっそく昨日、同僚と妊娠鑑定に行きました。

ガタボコの土の道をゆっくり車で登ったり降りたりして、ようやく牧場に到着。
キガリは首都だけど、ちょっとメインロードをはずれるとすぐに赤土の道が現れます。

初めてこの牧場に来たときに案内してくれた、牧場チーフのルシェマが
3ヶ月の謹慎を終えて牧場に復帰していました。
これはありがたい!
(なんで謹慎処分を食らっていたかは不明ですが)
どの牛が誰、どの牛が妊娠何ヶ月、というのをはっきりと記憶しているのは
このルシェマだけだったのです。
彼は文盲ですが、牛の生態について非常によく理解していて、牛の扱い方も素晴らしく、
このルシェマがいたからこそ、
わたしはこの牧場でトライアルを始めることを決心したくらいです。
ところがわたしたちが計画をスタートさせたとたん彼は謹慎処分となり、
ルシェマ不在の状態で受精卵移植を実施せざるをえないわたしは
ものすごく不安でした。

実際、彼がいなくてとても大変でした。
他の使用人たちは、牛を識別できないくせに、牛を平気で殴ったり蹴ったりするし、
どの牛が妊娠していて、どの牛がいつ発情したか、という大事な情報を
一切覚えることができないのです。

「ルシェマひさしぶり!帰ってきたんだね!うれしいよ!
今日はウムチョと、イニェラミヒゴと、マンジ(牛の名前)の妊娠鑑定をしたいんだけど」

「帰ってこれて僕もうれしい。
ウムチョとイニェラミヒゴとマンジか・・・、あぁ、ウムチョは先週、流産したよ」

ほら、どの牛が誰、ってすぐわかるし、それぞれの牛のことが全部頭に入ってる。
さすがルシェマです。

・・・え?っていうか流産!?

がーん・・・
だけど、ということは、いちおう妊娠はしたんだ・・・。
一歩前進。
だけど流産とは・・・残念です。

あとの2頭は?と聞くと、すぐに「こっちだ」と案内してくれました。
他の使用人たちだったら、この「牛を探す」作業だけで30分かかったんだよなー。

さっそくイニェラミヒゴをチェック。
妊娠してる!!
でも妊娠81日にしては子宮がちょっと小さすぎる・・・妊娠40~50日くらいの大きさ。
なんで??

もう一頭、マンジもチェック。
やった、これも妊娠してる!!
こっちは妊娠78日なんだけど、それ相応の子宮。

しかしなぜにイニェラミヒゴの妊娠日数と子宮の大きさが合わないのだ?

もしかして、使用人たち、勝手にこの牛たちをオス牛と一緒にしたのかも!?
通常、メス牛が発情したら、ふだん隔離しているオス牛を連れてきて
そのメス牛と自然交配させるため、数時間一緒にします。
「でもこの受精卵移植を受けた牛は、オス牛と一緒にしたらだめだよ!
お父さんが誰だかわからなくなるからね!」
って言っておいたのに・・・

わたしの予想。
想定していたより子宮のサイズが小さいイニェラミヒゴは、
たぶん受精卵移植では妊娠しなかったんでしょう。
その5週間後くらいに自然に発情したときに、使用人たちがオス牛を連れて来て、
それによって妊娠したんじゃなかな。
そうすると計算が合います。

「オス牛と一緒にした牛はどれとどれ?」
と聞いても、使用人たちの答えはバラバラ。
さすがのルシェマも先週復帰したばかりで、当時のことは知りません。
ルシェマの後釜として新しく雇われたチーフは、
字は書けるけど牛を識別できないし、大事なことは記録していない。

だめだこりゃー!
せっかく妊娠してるけど、
これじゃ受精卵移植で妊娠したんだか、オス牛が乗っかって妊娠したんだか、
証明のしようがありません。

ルシェマが謹慎になってなかったら、
こんないいかげんな結果にはならずに済んだのに・・・。
うーーっ!!悔しすぎる!!
マンジにはジャージー牛の受精卵を移植したので
今年の秋にジャージー牛が生まれたら、移植で妊娠したってわかるけど、
イニェラミヒゴに移植したのはホルスタイン牛の受精卵。
受精卵で妊娠したとしても、オス牛によって妊娠したとしても、
どっちみち白黒もようの子が生まれてくるから、どっちかわかんない。
遺伝子検査は・・・もちろんここでは無理。


運転手が「そろそろ子供たちを学校に迎えに行かないといけない」と言うので
とりあえず牧場をあとにしました。
うーん・・・どうしたものか・・・
車の中でもモヤモヤ・・・

牧場からの帰りに小学校に寄って、子供たちを拾いました。
運転手の子供(真ん中)とそのお友達。
ピカピカの小学一年生です。
今日ようやく制服が支給されたらしく、初めての制服を着て、ごきげんです!
お父さんも、
「こりゃーすごい!まるで大人みたいだぞ!うれしいか?そうかそうか!
週末は写真屋さんに言って写真をとろうな!」
と大興奮でした。
この運転手のこんなに嬉しそうな顔、初めて見たよ。
子供が6人いても、ひとりひとりをこんなにかわいがるルワンダ人。
なんかすごくいいな、とあったかい気持ちになりました。

2010年9月16日

あるところにはあるんだな

友達のアンジェリークと会った帰り、

そういえば今日この近くで金物屋のアリスが結婚式するって言ってたなーと思い出し、
ほとんど行く気はなかったけど、急に気が変わって顔を出すことにしました。

家の庭ではお決まりの「親族による長い長いスピーチ」が繰り広げられており、
近くにいた人に「アリスに会いたいんだけど」と言うと
控え室に通してくれました。

ゆみー!!来てくれてたの!?とめっちゃ感激するアリス。
いや、たった今ちょっと寄っただけです、とは言えず、
「そうだよ!ずっといたよ!すてきな結婚式だね!」と流れにのってみるわたし。


それにしても、でかいおうち。
察するに、玉の輿。
家具もきらびやか、結婚式の装飾もゴージャス。

花嫁も、ブライズメイドたちも、お化粧直しに気合い入ってます。
顔からデコルテまで粉をはたきまくってます。
広いお庭に出て結婚式の続きをしばし眺めました。
花嫁が親族にシャンパンをお酌してまわると、
各親族の代表による「かけひき」が始まります。


「おたくのお嬢さんをいただきたい」
「うちの娘は学歴もあるし器量もいい、そう簡単には・・・」
「じゃあ牛一頭贈ろうじゃないか、これでどうだ」
「いや、一頭では娘はやれない」

・・・というのを延々やります。


ここらで暗くなってきたのでこっそりおいとましました。
(いままでの経験では、このあと結納品としてホンモノの牛が二頭登場して、
牛を扱う聖なる爺さん?みたいなのが出てきて歌う。)

子どもの制服一着買うのにも難儀するおうちもあれば
こんなふうに散財する余裕のあるおうちもある。
日本で見聞きする「格差」とはまた違う、もっと根本的な格差。

2010年7月17日

編みこみ&バナナ

日曜の昼下がり、髪の毛を編んでもらう先輩隊員。
美容院でやってもらってもいいのですが、
この作業、数時間(スタイルによってはまる一日!)かかるので
こうやって自宅に来てもらってリラックスして編んでもらうのもアリ。
髪の根元から人工毛を編みこんでいきます。
編みを細くすればするほど、時間もお金もかかります。
ちなみにこのカメラ目線の女性の髪の毛も人工毛。

わたしもそろそろやってみたいのだけど
これやると頭が洗えないから、
そのかゆさを想像してなかなか踏み切れずにいます。
そうじゃなくても最近、乾燥のせいで頭がかゆいんだよなー。
雨季に入ってからにしようかな。
でもこの人工毛、雨にあてるとダメらしく、
雨の日には、シャンプーキャップをかぶって街を歩く女性がいたりして
けっこう笑えます。


クボタ金属(株)の方、おたくのトラックは
今はアフリカの小さな国でバナナを載せて走ってますよー。

2010年6月15日

グセゼラーナ

グセゼラーナ=契約すること
つまり、市役所に行って、法的に夫婦として認めてもらう儀式。
結婚式や披露宴とは別の日に、前もって行います。
この日は4組のカップルが合同でこの儀式を行いました。
市長さんの長い長い長ーい講話。
夫婦とは・・・みたいな話。
狭い部屋に人がぎゅうぎゅうで、たまに意識が遠のきつつ、3時間。
講話のあと、新郎・新婦がそれぞれルワンダ国旗を握りながら
「この人を一生の伴侶とします!」と宣言します。
彼は、知り合いの美容師さん。
奥さんはまもなく臨月を迎える妊婦さんなので
ドレスがはちきれそう。
ジェノサイドで家族をすべて失った彼は、
この新しい家族の誕生を心から楽しみにしているみたいです。
エリゼ、おめでとう!!

2010年4月29日

「もらう」「あげる」

ついこの間、仕事からの帰り道
、側溝のフタの隙間にサンダルがはまって、
引き抜いた勢いで鼻緒が切れてしまったときのこと。


足の指で鼻緒をつかみつつ、すり足で歩こうとするのですが、
歩きにくくて歩きにくくて、もういっそ裸足で帰ろうかなと思ったそのとき、
お店の中から「ゆみー!」とママフィエッテが手招きしているのに気づきました。


ママフィエッテはなぜか嬉しそうに、
「これを履いて帰りなさい」と、黄色のきれいなサンダルを差し出してくれたのです。
日本人みたいに何足も靴を持っているわけじゃないし、
わたしがちゃんとサンダルを返す保証もないのに・・・
(実際、ルワンダ人はよっぽど催促されない限り借りたものを返さないことが多い。笑)
「ママフィエッテは何を履いて帰るの?」と聞くと、
わたしはこれがあるから大丈夫よ、と
店の隅にあったよれよれのサンダルを履くママフィエッテ。
「困っている人には無条件に手を差し伸べる」
「持てる人は持たざる人に無条件に分け与える」
ルワンダ人のそんな習慣は
ときに自分で努力することを妨げるし、
「してもらって当たり前」という認識をも生むと思うのですが、
やっぱり自分がその恩恵にあずかると、胸がジーンとします。


貸してもらったサンダルの歩きやすいこと歩きやすいこと。
スキップしたくなるくらい。


翌日、サンダルを返すときに、日本から送ってもらったお菓子を少しラッピングして持っていったら
「あらありがとう」とさらっと受け取るママフィエッテ。
日本だったら、
「まぁまぁそんな気を遣わなくていいのに!あらこんなたいそうなものいただいていいのかしら?」
と大げさにお礼を言うものですが、
とにかくルワンダ人は「もらう」「あげる」ときの心情がとてもドライ。

はじめは戸惑いましたが、この徹底した「お互いさま」精神を理解すると、
いろんなことがスムーズになります。
ありがとうも言わないで、なんて失礼な人たちだろう!と思っていたけど
「人を助けるのは当たり前のことだから別にお礼を言う必要はない」という認識は
「いつかこの人が困ったときは当然自分が助けるのだ」という認識に裏打ちされていて、
ちょっとぶっきらぼうだけど実はあったかい習慣なのです。

2010年4月20日

ジェトロファを植えよう

前にキガリ市のゴミ処理のことでご紹介した三戸さん。
その奥さんの優理さんがやっているプロジェクトに
連れていっていただきました。
在日ルワンダ大使館からの依頼で
ジェトロファという植物を育てるために
政府の土地をあちこち借りて試験しています。
今日行ったサイトは土壌の質が悪すぎて
なかなかジェトロファが生育しないので
首都の市場から出る生ゴミで堆肥を作って
それで土壌改良をしようとしているところ。
ジェトロファの種からは燃料になる油がとれるので
電気のない村落地域でそれを灯油ランプの燃料にしたり
現金収入の糧にしたりできるのでは?
というプランです。

ママさんたちは子どもを背負ったままで
何時間もクワを振ります。
たくましい・・・!

数が数えられるようなので
苗を10本ずつ束にする作業を手伝ってもらったら
どうしても8本ずつになっちゃう。
なぜ?と思って、彼が数えるのを見ていたら、
ちゃんと「1、2、3・・・」と声にだして一生懸命数えているんだけど
手の動きが声のカウントより遅れてて
「イチュミ(10)!」
って言ったときには、手はようやく8本目を握っている、ということがわかりました。
全部やりなおすはめになったけど
かわいいから許す!笑

2010年2月17日

街角スナップ

いちおう首都に住んでいるのだけど
中心街に行くにはバスで一時間もかかるし
帰りはバス停で定員の何倍もの人がいっきにバスの扉に突進して
押すな押すなの大騒ぎでもみくちゃにされながら乗り込まないといけないので
なんかそういうのがめんどうで、
ついつい足が遠のいてる今日この頃。
ひさしぶりに街に買い物に出かけました。
かぎ針と食料品(地元では手に入らないベーコンとか乾燥パセリとか)を買いに。
ルワンダの婦人服はほんとにゆったりしてる。
オーバーウェイトなご婦人が多いからなぁ。
それにしても、肌の色が黒いマネキンって製造されてないのか・・・?

バス乗り場。昼間はこんな感じですが、夕方になると戦場と化します。

2010年1月26日

偉大なるAMATA

ルワンダ人が牛乳(アマタ)をこよなく愛しているということは
前にも書きましたが
家庭で作る乳製品にもいろいろあります。
とりあえずどんな場合でも、殺菌目的で必ず煮沸します。
浮いてくる脂肪分、すごいでしょう?
インシューシュ(ふつうの牛乳)として飲んだり、
あるいはこれを発酵させてイチブグト(ヨーグルト)にしたり。
注いでいるのはゆうべ発酵させて作ったイチブグト。
とろみと酸味が絶妙です。
さっき加熱して浮いてきた脂肪分をすくって
まるめて、お餅みたいにペッタンペッタンとたたきつけて脱水して、
さらに加熱すると、バターになります。


写真は行きつけのミルクバーにて。
このウムチェチュル(おばあちゃん)が一人でやってます。
いつも笑顔で迎えてくれる
わたしの心のオアシスです。

2010年1月18日

グテンベラしてて出会った人たち その1

友達のお父さん。
孫のためにザクロをむいてます。
この巨大なナイフは「パンガ」といって、ルワンダライフには欠かせないもの。
お肉を切るときもこれで骨ごと一刀両断だし、
牛にやる草もこれで叩き切ります。
キャッサバの皮もこれでむきます。
火であぶって、焼きごてとしても使えます。
力仕事も細かい作業もこれ一本でOK。
ジェノサイドのときはこれが隣人を殺す道具として使われたことを思うと、
この写真みたいな日々がずっと続いてほしいと
心から願わずにはいられません。
この女の子、ムズング(白い人)を見たのが初めてだったらしく
近寄ろうとすると、ギャン泣き。
あーあ。

2010年1月14日

Gutembera

【Gutembera(動詞)】グテンベラ:
近所を歩き回ること。多くの場合、途中で知り合いのうちに立ち寄って何か食べものとか飲み物とかをふるまってもらうことを含む。ラジオ以外の娯楽といったらこれ。

先日、友達とグテンベラしてて、別の友達宅に立ち寄り、
焼きとうもろこしをごちそうになりました。
とうもろこしを焼いてるとこ。
香ばしくって美味!
とうもろこしは、天日干しして、粉にして保存しておくと
いつでも必要なときに食べられるので、
みんな雨季のうちに庭の空いたところや道路脇なんかにたくさん植えます。
とうもろこし粉を加熱しながら水で練って作る「アカウンガ」は、こちらの主食のひとつ。
味のしないマッシュポテトとお餅の中間みたいなの。
そういえば、うちの庭にもいつのまにか
ガルディアンが勝手に植えたとうもろこしがワサワサ育ってます。
収穫するときはわたしにも分けてくれるかな・・・?

2009年12月10日

ハレルヤスーパーマーケット

っていう名前のお店だけど
どう見てもスーパーマーケットではないです。
わたしがこの町に住んでよかったなぁと思う理由ベスト3にランクインするほど
大好きなパン屋さんです。
最近、店内で食べることもできるようになったので、
昼休みにちょくちょく来ます。
大きいパンは500フランくらい。小さいのは100~250フラン。
ミルクティーは1杯100フラン。
このへんではめずらしく、工場から運んでくるんじゃなくて
自宅で焼いているんです。
たまに焼きたてに遭遇することもあり
もうそのおいしさは感動的!
ただ、数日分まとめて焼いて、全部売れたら次のを焼く、というシステムなので
焼きたてに遭遇するかどうかは運しだい。
数日前に焼いたのはちょっと硬くなっちゃってるんだけど
やっぱり同じ値段、っていうところがアフリカ的。

2009年12月3日

豚肉屋さん


と言っても、ふつうの小さな家の軒先に
豚がブラーンとぶらさがっているだけなんだけど。
こっちの肉の切り方は豪快。
パンガ(ナタみたいなの)をふり下ろして
骨ごとバツーンと一刀両断です。
あんまり近くで見てると、
いろんなものが飛び散ってくるので注意です。

2009年11月18日

アマンダージ

みんな大好き アマンダージ。
沖縄のサータアンダギーに似ています。
これを、ミルクティーやホットミルク、イジコマ(穀物の粉をお湯でといたもの)などに
ひたして食べるのがまたおいしいんです。
フライパンであたためると、香ばしくてまたおいしさが増します。
お値段はひとつ100フラン(20円)。


2009年10月28日

abana beza

ちっともじっとしてない。
「見て!ねえ見て!」って
もうわかったわかった!すごいすごい!
また壊れちゃった。
トイレットペーパーの芯で作った糸電話。
おもしろいんだけど、強くひっぱるとすぐ糸がとれちゃう。

2009年10月12日

お食事なしで7時間

同僚の結婚式
初めてImisyanana(イミシャナナ:セレモニー用の衣装)を着ました。
雨季なのでちょっと画像が薄暗いけど・・・

2009年10月7日

なにかの古代遺跡みたいだけど・・・

草原の中に突然あらわれた奇妙な光景。
思わず車をとめてもらって、しばらくおじゃましました。

これはレンガを作っているところなのです。
熟練した手つき。
泥を型につめて次々と成型していきます。
速い速い!

泥と水をこねるのはこの子。
こちらも慣れた仕事ぶりです。

成型した泥を乾かして、ピラミッド状に積み上げて
ピラミッドの内側で火をおこして、じっくり焼き上げたら
赤いレンガのできあがり。
考えてみたらどのおうちもレンガ造り。

2009年9月30日

amata

amata(アマータ:牛乳)

週末は、配属先のオフィスから離れて
バスに40分くらい揺られふたつ隣の町へ。
そこに住む獣医さんといっしょに往診にまわってます。
ほんとはこっちが本業なんだけどなぁ。
でも配属先が国の機関だからラボやオフィスにいることが多くて
ウィークデイはなかなかフィールドに出る機会がないのです。

うーん・・・笑
搾る前に乳房は拭かない、
というかこの人の手も洗ってない、
プラスチックのバケツ(洗濯洗剤が入ってたもの)にお乳を入れてる、
・・・とまぁ衛生的な問題は山ほどあるんだけど
今はこれが精一杯なのかも。
なにごとも、焦らずゆっくり。


でも実はこの国の牛乳、とってもおいしいんです。
30年間牛乳を飲めなかったわたしが
なんと毎日飲んでるんです。
牛乳おいしい!は
「アマータ アラリオーシェ!」って言います。
あったかい牛乳ください、は
「ンダシャーカ アマータ アシューシェ」。
ルワンダ人はほんとに牛乳大好き。
お昼を食べに食堂に入ってみてください。
定食みたいなのを食べながら、
大きなジョッキになみなみと注がれた牛乳を飲んでるおっさんたちの光景は
なんだか健全な感じがして、わたしは好きです。

2009年9月21日

道を歩けばUbkweにあたる

Ubkwe(結婚式)。

アフリカで最も高いと言われる人口密度のせいなのか、
それとも屋外で丸見え状態で式を挙げるせいなのか、
とにかく土日はものすごい頻度で結婚式を目にします。

ルワンダの伝統的なダンス。
女の子の動きがきれい。

結婚式の翌朝、新郎新婦の自宅にて。
参列者からの贈りものを眺めてほほえむ二人。