Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

2011年5月11日

出張連発中

職場から車で3時間半もかかる牧場に通う今日この頃。
15頭にホルモン剤入れたのが先週の話。
それの反応をチェックして排卵したか確認して
来週の移殖の日程を決める、っていうのが今回の出張の内容なんだけど・・・

出発の前日になっても39度の熱が下がらない。

ふらふらしながら病院に行って、
悪寒でぶるぶるふるえながら3時間も待たされて
「マラリアじゃありませんね、しかしまぁこの熱はなんでしょう?
とにかく下げましょう」
というわけで注射を打たれることになりました。
注射っておしりですよ、ここでは。
しかもそんじょそこらの痛さじゃないんですよ。
息が止まるんですよ。痛すぎて。
でも熱が下がって楽になるなら、と思って
涙をうかべてベッドをバンバン叩きながら痛みに耐えたのに
暗い部屋の掛けぶとんもない硬いベッドに寝かされて(これでも特別待遇)
さらに一時間以上、経過観察という名のもとに放置され、
結局熱は下がらず、
処方された薬を飲んで翌日になっても下がらず llll(-_-;)llllll

明日の出張どうしよう・・・
牛の発情は待ってくれないから、
「2、3日延期しましょう」ってわけにはいかないし。

ええい、これでもくらえーっ!と、
気合い一発、日本から持ってきていた座薬を投入!
効くはずだ!と確信しつつ寝てみる。

予想通り意識がぼんやりして、汗がたくさん出て
目が覚めたときには37度台まで下がっていましたヽ(´▽`)/

とは言え、声を出すたびにむせるほど咳こんでしまうので
マスクしてなるべくしゃべらないようにして
予定通り出張を強行!

車の手配に時間がかかったのと
広範囲の交通規制をやっていて迂回路を探すのに手間取ったのとで
(どこにも迂回路が書いてない。そこらじゅう右往左往する車だらけ(;-_-) =3)
ようやく牧場について仕事をすませたらもう真っ暗。
そこから車で一時間のブタレという町へ行って宿を探します。

いつも同僚たちと泊まる修道女の施設は
「入浴=タライの水をかぶる」系で、
今のわたしの体調にはちょっとハードすぎるので
わたしだけ観光客向けのお湯がでる高級ホテルへ。
夕ご飯に注文した緑の野菜のポタージュがあったかくて喉に気持ちよかった~。

翌日もまた牧場で作業して
この日は早めに終わったのでホテルに戻ってタライで洗濯して、お散歩へ。

ブタレの町にはアイスクリームを売っている店があるらしい、と聞いていたので
そこを探してウロウロ・・・
ブタレ在住の隊員に電話したりしてようやく発見した小さなお店は
なんだここかー!っていうくらい、しょっちゅう通ってる場所にありました。
なんで今まで気づかなかったんだろ・・・(・_・)?

お店の名前は
INZOZI NZIZA (インゾズィ ンズィーザ)=「すてきな夢」
地元の太鼓たたきのおばちゃんたちが作った協同組合のお店なんだって。

ルワンダのこういう喫茶店で扱ってるのは
ふつう、チャパティ、揚げパン、サモサにミルクとファンタくらいのものですが
なんとここで売ってるのは
ソフトクリームに手作りミックスフルーツジュースにベーグル・・・
と超画期的なラインナップヽ(´▽`)/
おばちゃんたちもおそろいのかわいい三角巾をつけて元気に動き回ってて、
店番の女性が仕方なさそうに座ってるそのへんのお店とは違います。
ソフトクリームが食べられるのは
たぶんルワンダじゅうでここだけじゃないかな?
間違いなく白人による指導・援助が入っている雰囲気バリバリ。

今週末も金、土、日とブタレ出張なんだけど
このお店の発見により、だんぜん楽しみになっちゃいました。
それまでには風邪を治すぞ!
次回はいよいよ移殖です!


あ、そうそう!
これ、ルワンダ動物資源開発公社のホームページ。
http://www.rarda.gov.rw/
トップページにわたしがいるよ!

2011年4月1日

日本のことを想う

以前の日記でも少し触れましたが、
東北地方太平洋沖地震の発生から3週間。

震災で被害を受けられたみなさまにお見舞い申し上げます。

テレビでもラジオでも、朝から晩までずっと日本のことを報じています。
ルワンダ人もみんな心配しています。
会う人ごとに「Ihangane」と言われます。ルワンダの同情の言葉です。
わたしが通っている教会でも、今も日本のためにみんなでお祈りしています。


これが自分の母国かと目を疑うような映像に、隊員たちも心を痛めています。
遠い国にいても、心はいつも母国にあるんだということをあらためて感じています。
隊員たちの間で、インターネットを通じたファンドレイジングが始まっています。
http://justgiving.jp/c/3774

今こういう事態にあって、あえてここにいる意味をあらためて考え直しています。

ずーっと前、
「ルワンダにはJICAボランティアがいるけど、
日本にはどこの国の援助団体が入っているの?」
とルワンダ人同僚に聞かれたとき
「日本は先進国だから援助なんか受けてないよ。」
と答えたのを覚えています。

今、いくつもの国が日本に技術チームを派遣し、
海外のNGOが救援にかけつけ、
最貧国のひとつであるルワンダまでもが日本に義援金を送ったようです。
泥を塗り固めた薄暗い家で、
おなかをすかせた子供たちが生のイモをかじってる横で
元の色がわからなくなるくらい着古されたシャツを着た人たちが
唯一の電化製品であるラジオに耳を傾け、
日本の危機を心配し、応援してくれています。
今わたしたちが蒔いている種が、
回りまわって日本の未来を守ってくれることを信じて
わたしたちは日本が大変な状況にある今も、あえてここでの活動を続けます。

寒空の下、不安な気持ちで過ごしている方々が
一刻も早くもとの生活に戻れますようにと祈りながら。

2011年3月25日

マグロのように泳ぎ続けるんだ!

週末にしっかり食べてサウナに行ってチャージしたおかげか
なかなかいい調子で仕事をこなしている今週のわたしです。

いつもこれに時間がかかるとわかったので
来週の出張のための出張費申請の手続きを超はやめにスタートしました。
職場の一番えらい人、Dr.テオジェン(ナイスミドルなできる男)が
なんとガーナに出張に言ってるというので
代理のいじわるドクターからサインをもらわなきゃいけなかったんだけど
なんかいろいろ嫌味を言うわけです、こやつは。
「この講習のためだけに4人?この人たちは他にやることはないのかね?」だの
「1日で17頭も移殖?集中力が切れて成功率が下がるはずだが。」だの。
彼は、ほんとは自分が担当することになってたプロジェクトを
ほったらかしにした結果、わたしに取られてねたんでるだけなので、気にしない。
わたしの後任ボランティアの活動があの男に邪魔されないことを祈る・・・(-_-
それから2ヶ月遅れの隊員報告書を仕上げ、
配属先の上司からその報告書にコメントをもらい、
先週の出張関係の書類を会計部のシャンタールに提出し、
もうひとつ、来週の妊娠鑑定トレーニングの講師を依頼されたので
その打ち合わせと配布資料の準備をして・・・

でも今週すまさねばならぬ仕事の中で一番の強敵、
「受精卵移植トレーニングの配布マニュアル作り」が終わらなーい!∑(; ̄□ ̄
うごぉぉぉぉぉ・・・週末返上でがんばらねば。
と言っていたら、上司からメールで
「第三期報告書を31日までに提出せよ」だって。
ぶひ。それは出張先で作ることにする。

再来週はさらに
別の妊娠鑑定トレーニングでも講師をすることになってるんだけど、
日本でいつも自分でやってた技術を教えるのは気がラクだし、楽しいです。
そういう意味で言うと、受精卵移植関係の仕事は○▼※△☆▲※◎★●・・・!?
いや、これも仕事だ!がんばっていきまっしょい。
村落開発の隊員たちなんて、
蜜蝋づくりだの水道ポンプの修理だの泥水の濾し方だの、
そういうわけわからん技術を村人たちに教えないといけない人もいて、
それでも孤軍奮闘、立派にがんばってます。
泣きゴト言ってる場合じゃない!


暗幕のない部屋でプロジェクター使うなんてナンセンス~。
カレンダーの裏にせっせと説明用の絵を描いてます。 英語がおかしいとか字が汚いとかいうのは気にしないでいただきたいっす。
赤ちゃんの顔がかわいくかけたので嬉しい。

2011年3月22日

週末はイソンベとサウナでパワーチャージ

金曜の夜は友達の自信作、イソンベ。
作るのに時間がかかるので、週末にどーんと作ります。
ざざっと作り方を説明しますと・・・

キャッサバの葉っぱを杵と臼でついてつぶしたものが市場で売られてます。


ゴンゴン杵を振り下ろしてるおばちゃんに、100フラン渡すと
それにピーマンとかセロリとかネギとかの香味野菜も加えてつぶしてくれます。
そのキャッサバの葉っぱペーストとぶつ切り牛肉を鍋に放り込み、水を加えて、
炭火の上に3時間くらい放置。
別の鍋で薄切りタマネギ&トマトをひたひたの油で炒め、
そこに水で溶いたピーナツ粉を投入し、乳化させます。
それを最初の鍋に一気に流し込み、塩を加えたら
あとはひたすら煮込みます。
肉が原形をとどめないくらいホロホロとくずれたらできあがり。
香味野菜とお肉のうまみが溶け出してめちゃめちゃおいしい~
見た目はちょっとアレだけどね・・・^^;

せっかくなので、土曜日は
3ヶ月前にルワンダに着任した新隊員を招待してみんなで食べました。
イソンベ&にんじん炊き込みごはん。
先月はちょっと調子悪かったけど、今やすっかり全快してるわたし。
ビールもおいしく飲めて、幸せです。

その日は聖歌隊の練習日。
とんでもないハプニングが待ってました。

指揮者が風邪でダウン。(最近雨で冷え込んでるからね)
で、代理の指揮者は・・・
唯一楽譜が読めるという理由で
このいつも存在浮きまくりのアジア人に白羽の矢が立ちました。-_-;
ボーン・・・
今日のリハーサルをひとりで仕切り、
翌朝のミサでは、その進行に合わせて9曲を指揮するんだと。

成人してから洗礼を受けたわたしは、
他のみんなみたいに赤ん坊のころからミサに通ってたわけじゃないので
ミサの進行ってものがぜんぜん頭に入ってなくて
これまでただ指揮者の指示に合わせて気楽に歌ってただけでした。
いざ指揮をするとなると、とんでもないところで指揮を始めてしまったり
歌が入るべきところなのに気づかなかったりするんじゃないかと
びくびくしながら翌朝を迎えました。

当日は、案の定どのタイミングで歌を始めればいいのかさっぱりわからず
メンバーに目で「ヘルプ!!」と訴えるわたし。
親切なメンバーが、歌が入るタイミングごとに背中を突っついてくれ、
わたしはその合図であわてて指揮台に上がり、歌が始まる、という
ものっっっすごく心臓に悪い一時間半を過ごしました。
あとで知ったのですが、
クレドとグロリアという部分では
歌が何番まであろうが全部歌いきらなきゃいけないらしいのですが
そんなことわたしが知るわけもなく、
指揮をしながら
「うーん・・・この歌はちょっと長すぎるな。よし、このへんで切ろう」
と勝手に3番までで終わりにし、歌を止めるわたし。
みんな真っ青。みたいな。

そんなスリリングなミサを終え、外に出ると雨がやんでました。
そういうストレスを感じたあとの帰り道って、寄り道したくなりませんか?
最近、雨で削られた泥の道を踏ん張りながら歩くせいで
靴が2足もぶっ壊れたので
いいのがあったら買おうと市場にふらりと寄りました。
たまたま、先進国からの援助品の横流しでいいものを見つけたので
1万フランってふっかけられたのを4千フランまで値切って買いました。

それからうちに帰り、友達を誘ってサウナへ。
最近ほんとに冷え込みます。
サウナは2000フラン。
場所によって、体に巻く布(男女混浴なので布は必須)がカビ臭かったり
ジンジャーティーのサービスがなかったり、
最後にあびるのがお湯じゃなく水だったり、
一番最悪なのは、お客さんの質が悪くて、変にからまれたり、と
ハズレなサウナもありますが、
最近見つけたホテルテックのサウナはけっこういいです。
そこで2時間ほど満喫し、
アカを落としまくり、つるんつるんになりました。
最近、断水続きでちゃんと体を洗えてなかったんだよなー。

で、うちに帰ってまたビール飲みながらイソンベを食べました。
冷蔵庫ないけど、毎日ちゃんと火を通せば3日くらいは平気。

そんな週末。

怒涛の一週間のために蓄えたエネルギー、何曜日までもつかな?
ほんと、最近仕事がとっても忙しいです。
うれしい。
でも考えることが多すぎて、お布団に入ってからも頭がチカチカする。

2011年3月18日

大臣がやってきた&出張

土曜日の夜。
来週は月曜日から出張だー!チェストー!
・・・って思ってたら上司からメール。
「明日9時にオフィスに集合。月曜日の農業省カンファレンスの準備をします」
なんだそのカンファレンスって。聞いてないし。
前日、いや当日になるまで大事な予定が知らされないのには慣れてるけど、
予定していた出張は当然のように延期。。。
(すでに2回延期されているんだけどね)

ってことで日曜の朝から、各デスクの責任者が集められて
事業成果をアピールするためのディスプレイ作り。
会議室では突貫工事で豪華なカーテンが取り付けられ、
昨日の雷で燃えてしまった電気制御盤が瞬く間に修理され(いつもは半年かかる)、
トイレには、トイレットペーパーが3つも補充され、(いつもはゼロ)
お花の香りの液体ハンドソープまで設置されてました。
ひえ~!

翌日、ついに鉄の女、農業大臣カリバタの登場。
するどい目つきと、むちゃくちゃな質問にみんなタジタジ。
いつも昼間っからビールばっか飲んでるダメ同僚が突っ込まれてるのは愉快だったけど。
そうそう、現地語でプレゼンと質疑応答したら(って言っても2分くらい)、
あとでトイレに行ったとき、廊下にいた来賓たちに
「こんぐらちゅれいしょん!!カリバタは君のスピーチでごきげんだ!」
って握手を求められました。
でもたぶんカリバタは
わたしのめちゃくちゃな現地語に笑いをおさえきれなかっただけだと思う。

ほっとひといき。
さて火曜日、今度こそ出張に出発。

フエ県にある国営実験牧場で
パラベット(高卒の無免許獣医)と獣医さん(こっちは本物?の獣医)を相手に
受精卵移植の初心者トレーニング。
いつものことながら、旅費の小切手がまだ発行されないだの、
突然、屠畜場に採血しにいくことになっただの、
家に忘れ物をしてきただので待たされまくり、3時間遅れで出発^^;
はーぁ。
でもいざ現地に到着して講義を始めると、
けっこうみんな意欲的に聞いてくれて、質問もたくさんして、
これはいい感じだぞ~!って思ってたら、
二人のパラベットが、「わたしたち金曜日にウムタラの大学で試験があるので
木曜のお昼にはここを出ないと・・・」と言いだしました。
は?じゃあなんでこの訓練に参加することに同意したの!?
と思いつつ、仕方ないので内容をいくつかカットして
4日間の予定を2日半で終わらせることになりました。

2泊3日の宿泊は牧場から40分ほどのところにあるブタレっていう町。
同僚のクレレの案内で、教会のシスターが経営している宿泊施設へ。
これがとっても新しくてきれい。
部屋はこんな感じ。

トイレと水浴び場は共同だけど、とにかく清潔だし、
施設の半分が大学の女子寮だってこともあってセキュリティもばっちり。
そして一泊3000フランなり~。超お得!
施設の周りには女子大生が常にウロウロしてるんだけど、
みんなほんとオシャレさん&スタイル抜群!
なんでみんな結婚したらあんなにブクブク太っていくんだろう・・・謎。

1日目は同僚たちと町外れの安いレストランで食事をして、
2日目は早く終わったのでひとりでブタレの中心街を散策して
この町に配属されている隊員と一緒におしゃれなレストランに行きました。
おしゃべりしながら、
キガリではめったに売ってないブルンディ産のビールや
ドラフトビールを次々と空け、
チーズとサラミのアソート、チキンスープ、ピザを平らげました。
なんせ前日の夕食が、切れかかった蛍光灯の下で
冷えてないビール&冷えたルワンダ料理、というものだったので・・・
(それはそれで好きなんだけど。)

ブタレはかつてルワンダが王国だったころから栄えていた町で、
なるほど、大慌てで作った感じのキガリの町とは違って
古いレンガ造りのバーや、植民地時代の建物をリメイクしたホテルなど
ゆっくりと丁寧に作られてきた歴史を感じる風景でした。
ブタレには国立博物館もあるので、
5月に妹がルワンダに遊びに来たときにまた一緒に行こうかなぁ。

話はトレーニングに戻って、
ここで有望そうな獣医の女の子を発見しました。
今年この国営牧場に採用になったばかりのDr.ドリ。 (下の写真、右端の子)
英語も流暢だし、質問も鋭いし、
1時間(ときには2時間も)平気で遅れてくる他の受講生と違って
始まる前から席について前日のノートの見直しとかしてるし!
「まずは人工授精の経験が必要なんだけどやったことある?」って聞いたら
見栄張ったりせずに「ありません」って正直に答えるし!
つまりはまったくルワンダ人らしくないのだ。
よっしゃー!わたしは残りの期間をこの女の子にかけるぜ!!
いや、あんまり期待しすぎは危険だ・・・ほどほどにね。

初めて取り入れてみたグループワーク。


最終日は受講生みんなと牧場の隣の村のバーにて
ブロシェット(ヤギの串焼き)とジャガイモで打ち上げ。



そんなこんなで、一昨日キガリに帰ってきました。
やっぱキガリはごみごみしてるな~ (-_-;

でも帰り道の車の中で、
学歴だけでここまできた経験値ゼロの同僚に技術を磨くチャンスをつくる
いいアイディアを思いつきました!
翌朝出勤してそのことを上司に話したら、珍しく賛成してくれたので
意外とうまくいくかもしれません。
(帰国前になって活動が充実し始めるって話、ほんとかも・・・)

2011年3月4日

ひっくるめ日記

なんか忙しくなってきちゃって、なかなか日記が書けずにいます。
雨季なので停電が多くて、
もともと亀のスピードのインターネット回線がさらに途切れ途切れになっちゃって
写真のアップロードがうまくいかない・・・(´3`)

でも、ルワンダにいられるのもあと3ヶ月とちょっとなので
いろいろさりげない日常でも覚えておきたいし、残しておきたい。
写真もない、ただの雑記帳みたいになるかもだけど、
これからは日々あったことを、簡単に記録していきたいと思います。
つまんなかったらごめんなさい^^;


前回の日記以降のできごと。

上司の奥さんのお父さんが亡くなって、同僚みんなでお葬式に参列しました。
ミサは市内のキチュキロであったからよかったけど、
埋葬はバスで首都から3時間の西部州キブイエ。
道中、見渡す限り山と谷しかないところで強烈な尿意が襲ってきて、
未舗装道路の振動でもう今にも漏れるんじゃないかと目を白黒・・・
やっと民家が見えてきたのでバスを止めて駆け込んだら、
地面に直径2メートルくらいの巨大な穴が掘ってあって、
そこに丸太がわたしてあるだけの超ハイレベルなトイレで、ちょっとひるみました。
壁もドアもなく、目隠しにバナナの木が傍に植わっているだけ。
バスで漏らすよりいいや!と思って、ぐらぐらとバランスを崩しそうになりながら
丸太の上にしゃがんで用をたしました。
バスに戻ると、ニヤニヤしながら「どうだった?」って聞いてくる同僚たち。
「トイレが高級すぎてびっくりした」って言ったら、みんな涙が出るほど大爆笑。
埋葬のときに村の聖歌隊が歌っている歌、いくつか知ってて一緒に歌いました。
村の、特にカトリックの埋葬はとにかく長い。50曲くらい歌ったんじゃないかな。




その数日後、
同僚が講師をつとめる「妊娠鑑定トレーニング」で、
同僚の代わりに講義をさせてもらいました。
ルワンダにはすべての市に
パラベット(高卒の“準”獣医)が配置されてて、
普段はこのパラベットたちが家畜の治療と人工授精をやってます。

今回、5月くらいまでかけて全部の市(400以上ある)のパラベットを
何回かに分けて集めて、全員に妊娠鑑定の技術を教えるんだって。
(っていうか妊娠鑑定できないのに人工授精やってたっていうのもすごい。)

さて講習会。
英語で話し始めたら、やっぱり年配パラベットの表情が暗い・・・
高卒で、しかもフランス語で教育を受けていた彼らは、
英語がほとんど理解できません。
・・・よし、現地語でやってみるべし!

みるみるみんなの表情が「なるほど~!」な表情に変わっていきました。
特にカレンダーの裏にカラーマーカーで描いて持っていった子宮の断面図とか、
二重にしたビニール袋に水を入れてやった
胎膜スリッピングテストのシミュレーションは好評で、
苦労して準備した甲斐があったなーと思いました。
ただ・・・
「俺、子宮が大きくなってたら妊娠!っていう簡単な診断方法しかできないんだ、
次の講習会でそのスリッピングテストとやらを講義しておくれよ」
と頼んできた同僚よ、
なぜにわたしの講義に同席しない?
外でケータイいじってんじゃねーよ!!ったく!

ふむ、やっぱり大学を出た同僚たちはプライドが高いのでしょう。
仕方ない、こっそり勉強できるように、簡単な講義マニュアルを作ってあげよう。


あ、それから、4月にウガンダ&ブルキナファソ旅行に出かけることに決めました。
旅行の一ヶ月以上前に旅行計画書をJICA事務所に出して承認してもらわないといけなくて
もう大慌て。
JICAボランティアは、それぞれ派遣されている国ごとに
「旅行に行っていい国、だめな国」が決まってます。
ルワンダ隊員が行っていいのは、
ケニア、ウガンダ、ニジェール、セネガル、ブルキナファソ、
モロッコ、フランス、ベルギー、あと日本。
西アフリカに旅行に行ったルワンダ隊員はいまだかつていないらしく、
ブルキナの渡航情報が乏しくて大苦戦しました。
どうにかギリギリでフライトも決まって、JICAからもオッケーをもらえました。
ウーッ楽しみ!どんな旅になるんだろう・・・
同期のさわちゃんと、りょうと、ハリーも一緒です。

それから、イザールっていう国営実験牧場で受精卵移植をやることになりました。
イザールの研究課長と話し合ったとき、「いつ始められる?」って聞かれたので
「明日にでもホルモン剤を調達します!調達できたらすぐ牧場に向かいます!」
って張り切って答えたはいいけど、
実はルワンダじゅうでプロジェステロン製剤が売り切れ中。。。
でもこんなチャンス、次はいつめぐってくるかわからないから、
必死になってあちこち電話かけまくって、走り回って、
隣国ウガンダからのルートでプロジェステロンを入手して電話したら
「なんて素敵なニュースだ!」ってびっくりしてました。
どうだ、これが日本人の仕事だ!
というわけで、
20頭のお母さん牛にホルモン剤を投与しました。
今月の31日にその中から状態のいいお母さんを17頭を選んで移植を行います。
ムサンゼの獣医隊員にヘルプ要請だー!


そして首都に帰ってきたらとんでもないニュースが。
日本でtsunamiだ!人がたくさん死んでる!とルワンダ人たちが騒いでて、
「どっかアジアの別の国と間違えてるんだろう」とか思ってたら
JICA事務所から
「日本にいる家族と連絡をとってください」って連絡が。
もうびっくりして家族みんなにメールしました。
すぐに「だいじょうぶ」って返事が来て、すこしほっとしたけど、
次々入ってくる悲惨なニュースを聞いていたら、
ぜんぜんほっとしてる場合じゃない!って思い始めました。

ルワンダ人たちは、
道を歩いているときも百科事典みたいな大きさのラジオを肩に乗せて
それに耳を傾けるほどラジオ狂いで、
ルワンダだけでなく、世界の情報にも敏感です。
「今日は日本の王様(天皇陛下のこと)が声明を出したらしい」とか
「原子力発電所がダメージを受けて危ないらしい」とか、逐一教えてくれます。

中学生のときに、洪水で
自分の家も、学校も、何もかもが泥水に飲み込まれてしまった経験があります。
大事な写真も、子供のときのビデオテープも、
新築の家に合わせて買った家具も全部だめになって、
そのうえ町中にあふれたヘドロの匂いがすごくて、
でも断水で水がないので掃除もできなくて、
白い防護服の人たちが消毒薬を撒きに来て、
ラクダ色の毛布が配られて、
お母さんは泣きながら、田んぼみたいになった家を片付けてて・・・
そんな光景が思い出されます。
今、被害に遭っている地域はもっと大変なことになっているはず。
想像するだけで胸が苦しくなります。

2011年2月27日

お葬式

友達の義姉であり、同僚の妹である人がエイズを発症して亡くなりました。
だんなさんもすでにエイズで他界していて、
写真左の男の子は孤児になってしまいました。


お母さん側の親戚が引き取ることになったみたいですが、それにしても不憫です。


人気歌手を起用した看板広告や、
「わたしは使います。あなたは?」と書かれたラッピングバスなどで
政府は盛大にコンドームの使用を奨励していますが、
貧困に苦しむ未亡人やシングルマザーが娼婦として感染を拡げていたり、
シュガーダディ、シュガーマミィと呼ばれる裕福な中年男性、中年女性が
お金に目の無い学生や若者を買春したりしていて、
なかなかコントロールが難しい状況のようです。


関連して、中高生の妊娠もあとを絶たず、地方の学校に勤める隊員が嘆いています。
わたしの家の警備員の娘さんも高校生で妊娠して学校を中退し、
職もなく、実家で何もせず暮らしていますし、
わたしが村落体験でホームステイしていたおうちにも
生まれたばかりの赤ちゃんがいて、
高齢のホストマザーが「わたしの子よ」と言っていましたが
おっぱいをあげていたのは未婚の長女でした。


夕方になると、みんな大人気のラジオドラマに熱心に耳を傾けますが、
内容はだいたい未婚の娘の妊娠とか、夫が外からもちこんだエイズだとか、
そんなのばっかりです。
放送時間の半分以上が女性の陰気な泣き声で占められていて
聞いてると気が滅入ります。。。
子供がこういうのを毎日聞いて育ったら、
こういうのが普通だと感じるようになってしまうんじゃないかと思うのですが、
一応、これは女性と子供を守る団体が作っている啓発ドラマなのだそうです。


いろいろと感覚が違うから、一概に何がいいとか悪いとか言えないし、
具体的になにをどうしたらいいのかわたしにもよくわからないのですが、
地方の女の子の教育レベルの向上、これはポイントのような気がします。

2011年2月22日

ヨーグルトと聖歌隊

突然、雨季が始まって、毎日さむいです。
このまま4月、5月の本格的な土砂降りに突入していくのかな・・・。

そんなこんなでちょっと体がトラブルを起こしてしまい、
保温&水分摂取を心がけ、アルコールは禁止、という日々。
処方された薬がけっこうパワフルなやつで、
食後に飲んでも、量を半分に減らしても、副作用で胃がむかむかするので
ヨーグルトを飲んでから、薬を飲むようにしてます。

ちなみに、こっちではヨーグルトは「飲み物」。
お店でカップ入りのを買うときも、使い捨てスプーンなんかくれないので、
みんな、ふたを開ける前に、思いっきりぶんぶんシェイクして、
ふたを開けたら気合いで吸い込みます。
ほぼ垂直になるくらい傾けないと流れてきてくれません。
今日は再検査のために病院へ行くバスの中で飲んだのですが
顔を天井に向けてヨーグルトを吸い込もうとするたびにバスが揺れて
その反動で手元が狂って大変でした。
教訓:バスの中でヨーグルトを飲むのはよくない。

食堂でヨーグルトを頼むと、
プラスチックタンクに入った自家製のをこんなグラスに注いでくれます。
これがスモールサイズで、200フラン。
でかいジョッキだと250フラン。
こうやって、表面張力を最大限に発揮してなみなみに注ぐのが流儀です。

薬のおかげでだんだん症状は軽くなってきてますが、
ばい菌と戦っているためか、やたらと疲れやすいです。

それでも週末はだいぶよくなったので聖歌隊へ。。。
二日連続、結婚式と日曜ミサで歌いました。
もともと教区の英語コミュニティー専属の聖歌隊なのですが、
新郎新婦からのリクエストもあって
結婚式では英語よりキニャルワンダ語の歌を歌う機会が多いです。
フランス語みたいに語尾の母音を発音せずに次の言葉の頭とつなげて発音するので
書いてあるとおりに歌うと、リズムに言葉が入りきれなくなってしまいます。
むずかしい・・・

でもいい気分転換になります。

最近、イルミネという女の子がアルトパートに入ってきて、
その子がなんか仲良くなれそうな感じの子なので、
練習に行くのが楽しみになりました。
明日も仕事のあと練習。
夜は冷えるので、あったかくして行こう。

2011年2月15日

すごく微妙

ちょっと前のことになるけど、
去年の11月に同僚たちが初めて練習で移植した受精卵は
残念ながら5頭とも受胎しませんでした。

本当は受精卵の入っていないダミーのストローを使って
練習用の安い牛で何度か練習した上でトライすべきなのですが、
苦労して準備した練習の機会はことごとくとんでもない理由でキャンセルになり、
突然降って沸いように訪れた実地練習の機会、
それがこの牧場での「いきなり本番!」の移植だったのです。
・・・当然の結果かもしれません。

しかし、この牧場は実験牧場でもなんでもなく、個人経営の牧場なので、
このまま妊娠していない牛たちをほったらかしにするわけにはいかず、
オーナーさんと話し合って、
フォローアップとしてもう一度、3頭の牛たちに移植を行うことになりました。

一頭はルワンダ人同僚が、2頭はわたしが移植しました。
本当は全部ルワンダ人同僚にさせてあげたかったんだけど、、
「今回は練習より成功率優先!」というボスからの命令があったので、しかたなく。

で、3頭の中の最後の牛に移植してから2ヶ月ほど経過したので、
さっそく昨日、同僚と妊娠鑑定に行きました。

ガタボコの土の道をゆっくり車で登ったり降りたりして、ようやく牧場に到着。
キガリは首都だけど、ちょっとメインロードをはずれるとすぐに赤土の道が現れます。

初めてこの牧場に来たときに案内してくれた、牧場チーフのルシェマが
3ヶ月の謹慎を終えて牧場に復帰していました。
これはありがたい!
(なんで謹慎処分を食らっていたかは不明ですが)
どの牛が誰、どの牛が妊娠何ヶ月、というのをはっきりと記憶しているのは
このルシェマだけだったのです。
彼は文盲ですが、牛の生態について非常によく理解していて、牛の扱い方も素晴らしく、
このルシェマがいたからこそ、
わたしはこの牧場でトライアルを始めることを決心したくらいです。
ところがわたしたちが計画をスタートさせたとたん彼は謹慎処分となり、
ルシェマ不在の状態で受精卵移植を実施せざるをえないわたしは
ものすごく不安でした。

実際、彼がいなくてとても大変でした。
他の使用人たちは、牛を識別できないくせに、牛を平気で殴ったり蹴ったりするし、
どの牛が妊娠していて、どの牛がいつ発情したか、という大事な情報を
一切覚えることができないのです。

「ルシェマひさしぶり!帰ってきたんだね!うれしいよ!
今日はウムチョと、イニェラミヒゴと、マンジ(牛の名前)の妊娠鑑定をしたいんだけど」

「帰ってこれて僕もうれしい。
ウムチョとイニェラミヒゴとマンジか・・・、あぁ、ウムチョは先週、流産したよ」

ほら、どの牛が誰、ってすぐわかるし、それぞれの牛のことが全部頭に入ってる。
さすがルシェマです。

・・・え?っていうか流産!?

がーん・・・
だけど、ということは、いちおう妊娠はしたんだ・・・。
一歩前進。
だけど流産とは・・・残念です。

あとの2頭は?と聞くと、すぐに「こっちだ」と案内してくれました。
他の使用人たちだったら、この「牛を探す」作業だけで30分かかったんだよなー。

さっそくイニェラミヒゴをチェック。
妊娠してる!!
でも妊娠81日にしては子宮がちょっと小さすぎる・・・妊娠40~50日くらいの大きさ。
なんで??

もう一頭、マンジもチェック。
やった、これも妊娠してる!!
こっちは妊娠78日なんだけど、それ相応の子宮。

しかしなぜにイニェラミヒゴの妊娠日数と子宮の大きさが合わないのだ?

もしかして、使用人たち、勝手にこの牛たちをオス牛と一緒にしたのかも!?
通常、メス牛が発情したら、ふだん隔離しているオス牛を連れてきて
そのメス牛と自然交配させるため、数時間一緒にします。
「でもこの受精卵移植を受けた牛は、オス牛と一緒にしたらだめだよ!
お父さんが誰だかわからなくなるからね!」
って言っておいたのに・・・

わたしの予想。
想定していたより子宮のサイズが小さいイニェラミヒゴは、
たぶん受精卵移植では妊娠しなかったんでしょう。
その5週間後くらいに自然に発情したときに、使用人たちがオス牛を連れて来て、
それによって妊娠したんじゃなかな。
そうすると計算が合います。

「オス牛と一緒にした牛はどれとどれ?」
と聞いても、使用人たちの答えはバラバラ。
さすがのルシェマも先週復帰したばかりで、当時のことは知りません。
ルシェマの後釜として新しく雇われたチーフは、
字は書けるけど牛を識別できないし、大事なことは記録していない。

だめだこりゃー!
せっかく妊娠してるけど、
これじゃ受精卵移植で妊娠したんだか、オス牛が乗っかって妊娠したんだか、
証明のしようがありません。

ルシェマが謹慎になってなかったら、
こんないいかげんな結果にはならずに済んだのに・・・。
うーーっ!!悔しすぎる!!
マンジにはジャージー牛の受精卵を移植したので
今年の秋にジャージー牛が生まれたら、移植で妊娠したってわかるけど、
イニェラミヒゴに移植したのはホルスタイン牛の受精卵。
受精卵で妊娠したとしても、オス牛によって妊娠したとしても、
どっちみち白黒もようの子が生まれてくるから、どっちかわかんない。
遺伝子検査は・・・もちろんここでは無理。


運転手が「そろそろ子供たちを学校に迎えに行かないといけない」と言うので
とりあえず牧場をあとにしました。
うーん・・・どうしたものか・・・
車の中でもモヤモヤ・・・

牧場からの帰りに小学校に寄って、子供たちを拾いました。
運転手の子供(真ん中)とそのお友達。
ピカピカの小学一年生です。
今日ようやく制服が支給されたらしく、初めての制服を着て、ごきげんです!
お父さんも、
「こりゃーすごい!まるで大人みたいだぞ!うれしいか?そうかそうか!
週末は写真屋さんに言って写真をとろうな!」
と大興奮でした。
この運転手のこんなに嬉しそうな顔、初めて見たよ。
子供が6人いても、ひとりひとりをこんなにかわいがるルワンダ人。
なんかすごくいいな、とあったかい気持ちになりました。

2011年2月10日

彼らもがんばってるなー

昨日、家に帰ってのんびりお昼ご飯を食べていたら
入札選考委員会のステファニーに呼ばれました。
先週開いた入札で
業者が提出してきた商品リストでわからないところがあるから見てちょうだい、って。

え?入札?

12月中旬にわたしが計画した入札、なんともう開かれたみたいです!
たった一ヶ月半で!
すごいハヤワザ!(去年なんて半年かかったのに・・・)
いやー、彼らもがんばっているではないか!うんうん。すばらしい。

この入札、700万フランくらいする機械と、
その他のこまごました消耗品(注射器とかホルモン剤とか)を購入するためのもので、
下手すりゃわたしがルワンダにいる間にはお目にかかれないんじゃないかと思って
特に急がないものばかりリストアップしておいたんだけど、
このぶんだと来月には届いちゃうんじゃないかな?
すごい。

でもざっと業者リストを見たところ、
またしてもわたしの嫌いな業者(めっちゃルーズ)が落札しそうな感じ・・・
提示価格は安いけど、どうしようもないようなものを送りつけてくるんですよ、ここ。
今回も、ひとつの入札に3つも商品を挙げてきて、「好きなのを選んで」とのこと。
機械の商品名だけで選べるわけないじゃん。
「この3つの商品の違いはなに?インストールされているプログラムってどんなの?」
と電話したら
「販売元に問い合わせてくれ」だって。
完全になめてるこのオッサン!怒

でもいくら憤慨したところで糠にクギ、なので
仕方なくドイツの販売元にメールしました。
早く返事が来てくれることを祈ります。

あーそれにしても、とんと雨が降らない。
蛇口からは一滴も水が出ません。
そして暑いです。
ビールが最高においしいです。
植民地時代にベルギーが統治していたせいか、生ビールがあるんです、この国。

週末はぜったい生ビール飲みに行こうーっと。
バレンタインだしね。(関係ないね)