Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

2010年5月31日

イミシュクウィ(ひよこ)

卵を抱き始めてかっきり21日目に生まれました。
7羽(っていうより7個って感じ)のイミシュクウィ。
産んだ卵が全部孵るのは珍しいとのこと。
旦那さんのジャック(♂)がよほど優秀だったんだと思います。

そのジャック(♂)はどこへ行ったのかといいますと、

ローザ(♀)が卵を抱き始めてまもなく
お役御免となり、こうなりました。

鹿児島は奄美大島の郷土料理、「鶏飯(けいはん)」。
ササミを細かく裂いたのや、錦糸たまご、甘辛く煮たシイタケなどをご飯にのせ、
鶏がらと野菜で時間をかけてだしをとったスープをかけていただきまーす。
わたしがこの世で最も好きな食べ物です。

でもジャックは若鶏じゃなかったから、かなり硬くて顎が疲れました・・・。

2010年5月25日

なんかうまくいきすぎだと思った

あまりにも平和なルワンダでの日々。
やっぱりそうトントン拍子にはいきませんでした。


思い出すとまたくやしくなるので詳しくは書きませんが・・・
お金と携帯をだまし取られました。
盗られたことより、
ルワンダ人がそんなことをするなんて、という
ショックの方が大きくて、
それに知ってる人のいない夕暮れのバス停で
お金も連絡手段もない状態は
やっぱりこわかったです。
翌日、新しい携帯電話を買いに行ったら
悪いことは続くというか、
中国製のイミテーションをつかまされました。
頑として返品を拒むイジワル店主との戦いは
警察も巻き込んでまだ継続中。

数日はくやしくて涙が出たり
ルワンダ人を見るのも、キニャルワンダ語を聞くのもいやで、
初めて「もう日本に帰りたい」とか思ったりもしたのですが

JICA事務所の職員の方のあたたかい言葉や、
話を聞いて「ヨォォォー!」(ルワンダ人の同情の感嘆詞)と言ってくれる同僚、
肩を抱きながら涙を浮かべる友達、
これでファンタでも買いな、と2,000フラン札を差し出す同僚などに支えられ、
少しずつ元気がでてきた今日このごろです。

2010年5月20日

日本の農家さんを想う

ルワンダの話ではなく、
日本の畜産界を今、混乱に陥れている出来事について。

4月に宮崎県で発生した牛や豚の感染症、「口蹄疫」。
その後、感染の拡大が止まらず、
ついに昨日、
発生地域の全頭殺処分という局面を迎えたことを知りました。
4月下旬から
なかなかつながらないネットにイライラしながら
毎日のように発表される新規発生報告を
胸が詰まる思いで見ていました。

口蹄疫はウィルスによる感染症で、
熱が出たり、口の中や鼻先、足の先にミズボウソウみたいなのができて破れて、
それが痛くてご飯が食べられない、歩けない→衰弱していく、
という病気です。
人がかかることはありません。
たとえ口蹄疫を発症した動物と一緒に暮らしていても、
そのお肉やお乳を口にしたとしても、大丈夫です。
でも、人や車がウィルスを運んで
農家さんから農家さんへと感染を拡げてしまうことはおおいにあります。
また、口蹄疫ウィルスはタフなウィルスで、
風にのって何百メートル、何十キロと飛んでいって
離れた場所にいる牛や豚にとりつくこともできます。

そういったわけで防疫が難しい病気であるため、
もし一頭でもこの病気を発症した動物が見つかったら
それ以上あちこちの農家に感染が拡がらないように
そのおうちで飼われている牛や豚は
元気だろうがなんだろうが、一頭残らず安楽殺しなければならない、
と、日本の法律で決まっています。

殺処分を宣告する獣医さんの気持ち、
それを聞く農家さんの気持ち、
想像しただけで吐き気がしそうなほど苦しくなります。
月並みな表現ですが、大げさでもなんでもなく
牛飼いさんにとって牛はわが子同然です。

この一ヶ月あまりで100軒以上の農家さんで発症が見つかり
同じ敷地内で飼われているという理由で、10万頭以上の牛や豚に対して
殺処分が命令されました。
でも安楽殺した動物を埋める場所の確保が難しく、
殺処分の作業は今のところ2割くらいしか済んでいないようです。
もう安楽殺することが決まっているのに
お母さん牛は月が満ちたら赤ちゃんを産むし
えさだって食べます。
そんな牛たちを世話する農家さんの心痛も
もう限界に近いと思います。

さらに、この病気が発生した地点から
半径20km以内の地域は
牛や豚を移動させることが禁じられます。

牛や豚を移動できないということがどういうことかというと・・・

お母さん牛に赤ちゃんを産ませて
その赤ちゃん牛を売って生計を立てている農家さんは
赤ちゃん牛を売りに行くことができません。
その期間、収入ゼロです。

一方、子牛を育てて太らせてお肉にすることで生計を立てている農家さんは
太って食べごろの牛を売りに行くことができません。
その期間、こちらも収入ゼロです。
しかも、日本の肉牛はきっちり生後30ヶ月くらいで食べごろになるよう
計算しつくされたレシピのエサを食べているため、
お肉にするのがそれより早かったり遅かったりすると
商品価値がガクッと落ちます。

そして、売りに行くことができない期間も
もちろん牛たちはエサをたくさん食べます。
牛のエサは一日あたり300円から600円もします。
100頭飼ってたら一日3万円から6万円くらいの出費です。
この、いつまで続くかわからない移動制限期間のあいだ、
収入はゼロなのに
エサ代や光熱費などの出費だけはどんどんかさみ、
牛小屋を建てたり機械を買ったりしたときの借金の返済も待ってくれません。

また、口蹄疫の発生地域に出入りする車を消毒する
防疫対策チームの仕事も過酷です。
三交代で24時間、道路に待機して
往来する車に止めて、消毒薬をかけます。
でも、この深刻な状況を知らない一般の人の中には
わざとこの消毒場所を避けて迂回したり、
消毒薬がかかるのを嫌がって猛スピードで走り抜けたりと、
非協力的な人も多くいると聞きます。
また、ゴールデンウィークには
観光客がどっと宮崎におしよせ、そして帰っていきました。
その人たちもウィルスを運んでいる可能性があるのです。

他の地域の農家さんたちも
次は自分の町にウィルスがやってくるのではないかという恐怖と闘いながら
毎日、必死の消毒作業を続けます。

獣医師もウィルスを運ぶことがないように、
一軒一軒、診療着を着替えながらの往診です。
明日は自分が牛の口の中に水ぶくれを発見してしまうかもしれない、という
張り詰めた精神状態で、往診以来の電話にこたえて現場に出向きます。


・・・こうした防疫作戦にもかかわらず
今回、いろんな理由で感染の拡大が止められず、
ついに、発生地域のすべての農家さんの牛や豚を
予防的に殺処分することになったようです。
この決定でさらに約20万頭が殺処分リストに追加されることになるとのこと。

昨日の朝、読売新聞のネット版でこの決定を知り、
さすがに鳥肌がたちました。
いまさら意味のないこととはいえ
国の対応の遅さや、防疫体制のツメの甘さを呪わずにはいられないとともに、
どうか、こんなむちゃくちゃな状況でも
農家さんの心と体が無事でありますようにと願うばかりです。

生き物を飼うという生業は
こういう一触即発の危険と隣り合わせの仕事です。
それでも農家さんたちは牛を飼うのです。
雨の日も、雪の日も、お正月も、孫の結婚式の日も
夜明け前からエサをかついで牛舎に向かうのです。
そんな農家さんのひたむきな日々のうえに
日本人の豊かな食卓があるのです。
そのことをどうか心に留めていただきたいと思って
本来このブログで取り扱おうと思ってなかった分野のことですが
思い切って書きました。
ルワンダの農家の子

2010年5月18日

おしゃれのんびり

繁華街から歩いて10分くらい。
鬱蒼と茂る街路樹のトンネルの下をテクテク歩き
後輩隊員に描いてもらった地図を見ながらたどりついた
カフェ ショコラ。
ルワンダにこんな軽井沢みたいな場所があったなんて
想像もしなかったため
もうひっくり返りそうなほどの衝撃を受けました。
写真はテラスからの眺め。
下の大きなタープの下では、キャンドルが灯され、
アジアンリゾート風のソファが並び、
白人の若者グループがのんびりとコーヒーを飲んだり
無線LANでネットしたり、お昼寝したり・・・
久々に街にやってきて、いろいろ買出しをして
それを背負って坂を登ってきたから暑い暑い。
まずはプラムジュース。
これがまた「たったいま搾りました」と言わんばかりに
濃くてフレッシュなわけです。
で、パニーニ。

ふだんイモやバナナばっかり食べてるから
「ほほう・・・外国にはこんなしゃれた食べ物があったのか・・・」
という新鮮な感動がありました。

とにかく静か。

聞こえるのは小鳥のさえずりだけです。

このバス乗り場の闘争がイヤで街に来るのが億劫だったわたしですが
カフェ ショコラのおかげで、
どうやら毎月のように街に来ることになりそうです・・・。

2010年4月29日

「もらう」「あげる」

ついこの間、仕事からの帰り道
、側溝のフタの隙間にサンダルがはまって、
引き抜いた勢いで鼻緒が切れてしまったときのこと。


足の指で鼻緒をつかみつつ、すり足で歩こうとするのですが、
歩きにくくて歩きにくくて、もういっそ裸足で帰ろうかなと思ったそのとき、
お店の中から「ゆみー!」とママフィエッテが手招きしているのに気づきました。


ママフィエッテはなぜか嬉しそうに、
「これを履いて帰りなさい」と、黄色のきれいなサンダルを差し出してくれたのです。
日本人みたいに何足も靴を持っているわけじゃないし、
わたしがちゃんとサンダルを返す保証もないのに・・・
(実際、ルワンダ人はよっぽど催促されない限り借りたものを返さないことが多い。笑)
「ママフィエッテは何を履いて帰るの?」と聞くと、
わたしはこれがあるから大丈夫よ、と
店の隅にあったよれよれのサンダルを履くママフィエッテ。
「困っている人には無条件に手を差し伸べる」
「持てる人は持たざる人に無条件に分け与える」
ルワンダ人のそんな習慣は
ときに自分で努力することを妨げるし、
「してもらって当たり前」という認識をも生むと思うのですが、
やっぱり自分がその恩恵にあずかると、胸がジーンとします。


貸してもらったサンダルの歩きやすいこと歩きやすいこと。
スキップしたくなるくらい。


翌日、サンダルを返すときに、日本から送ってもらったお菓子を少しラッピングして持っていったら
「あらありがとう」とさらっと受け取るママフィエッテ。
日本だったら、
「まぁまぁそんな気を遣わなくていいのに!あらこんなたいそうなものいただいていいのかしら?」
と大げさにお礼を言うものですが、
とにかくルワンダ人は「もらう」「あげる」ときの心情がとてもドライ。

はじめは戸惑いましたが、この徹底した「お互いさま」精神を理解すると、
いろんなことがスムーズになります。
ありがとうも言わないで、なんて失礼な人たちだろう!と思っていたけど
「人を助けるのは当たり前のことだから別にお礼を言う必要はない」という認識は
「いつかこの人が困ったときは当然自分が助けるのだ」という認識に裏打ちされていて、
ちょっとぶっきらぼうだけど実はあったかい習慣なのです。

2010年4月20日

ジェトロファを植えよう

前にキガリ市のゴミ処理のことでご紹介した三戸さん。
その奥さんの優理さんがやっているプロジェクトに
連れていっていただきました。
在日ルワンダ大使館からの依頼で
ジェトロファという植物を育てるために
政府の土地をあちこち借りて試験しています。
今日行ったサイトは土壌の質が悪すぎて
なかなかジェトロファが生育しないので
首都の市場から出る生ゴミで堆肥を作って
それで土壌改良をしようとしているところ。
ジェトロファの種からは燃料になる油がとれるので
電気のない村落地域でそれを灯油ランプの燃料にしたり
現金収入の糧にしたりできるのでは?
というプランです。

ママさんたちは子どもを背負ったままで
何時間もクワを振ります。
たくましい・・・!

数が数えられるようなので
苗を10本ずつ束にする作業を手伝ってもらったら
どうしても8本ずつになっちゃう。
なぜ?と思って、彼が数えるのを見ていたら、
ちゃんと「1、2、3・・・」と声にだして一生懸命数えているんだけど
手の動きが声のカウントより遅れてて
「イチュミ(10)!」
って言ったときには、手はようやく8本目を握っている、ということがわかりました。
全部やりなおすはめになったけど
かわいいから許す!笑

2010年4月18日

マメ

母に似たのか、ルワンダに来てから豆ばっかり食べてる気がします。
そんなにめちゃくちゃおいしいというわけでもないのに
わざわざ買ってきて調理してしょっちゅう食べてるということは
わたしの体がとりわけこの良質な植物性たんぱく質を必要としている、
ということなのかもしれません。
色も模様もさまざま。
洗いながら眺めているだけでなんか嬉しくなります。
ルワンダの人はこれを3時間くらいかけてゆっくり茹でるのですが
わたしは一晩水につけておいて、そのあと圧力鍋で15分くらい加圧するだけ。

ここから先はルワンダ人とやり方と同じ。 多めの油をしいた鍋に
細かく切ったにんじん、ナス、玉ねぎ、ピーマン、トマトを入れて炒めて
トマトペーストと塩を加えます。
そこに茹でたマメを茹で汁ごとザザーッと入れて
あとは好きなだけコトコト煮てできあがり。

ご飯にも、パンにも、
茹でサツマイモにも、茹でバナナにも合います。
多めに作って3日くらいかけて食べます。
冷蔵庫持ってないけど、朝晩火を通せば大丈夫です。

ちなみに写真は昨日の朝ごはん。

土曜日はVOAでジャスなどのイケてる音楽が流れるので
午前中は部屋の拭き掃除をしながらラジオ族になります。

2010年4月16日

最近、職場にお弁当を持って行っています。
といっても、am7:00始業となかなか忙しい朝なので
ゆうべのご飯の残りを温めて詰めるだけなんですが・・・。
一見、「残飯か?」みたいな様相ですが
まぁ実際のところ残飯なのでいたしかたありません。
おいしかったらヨシ!(強気)

真昼の太陽が照りつける中
とりあえず何か話しかけたい道端の無職オッサンたちが
「おいッ!!ムズング(白人)!金くれ!」
って連呼するのを聞きながら
お昼ごはん食べに出かけるよりマシかなーと。

お昼ごはんを食べてたら
雑用係のガテシが上司からの指示メモを持ってやってきました。
解読できますか?笑
すごく頭の切れる上司なのですが、
ペンの握り方がなんというか超斬新なんです。
むむぅ・・・

2010年4月14日

僕にもおやつくれよぅ

講習会(ひとつ前の日記)の休憩時間、
会場の窓にぶらさがって
おやつタイムをうらやましそうに見ているエマニュエル。

ほっぺたをつまむとムニムニしてて
連れて帰りたくなるほどかわいい。
「むじゅんぐ~(ムズング:白人)
僕もイチャイ(ミルクティ)が飲みたいよぅ~」
とか言ってるうちに講習会が始まって
ワァワァ泣きながら引きずるように連れて行かれてました。

2010年4月12日

トレーニング

人工授精の講習会。
まずは理論編。
同僚が講師で、わたしはそのサポート役だったのですが
配布テキストもなし、図で説明するでもなし、口で説明するだけです。
同僚が唯一黒板に書いたのは、
「0.25ml、0.5ml」
(ちなみにこれはストロー1本に入っている精液の量)。
あと、「さっき言ってた器具の名前のスペルがわかりません」
との質問に応えて
器具の名前を2つ3つ書き並べただけ。
これでほんとにみんな理解してるのかな・・・?
心配になってしまいました。


同僚に悪いなと思いつつ、講義の内容があまりにアレなので、
翌朝、いつものようになかなかやってこない同僚を待つ間、
とっくに席について暇そうにしている参加者たちに補講をしました。
授精するタイミングを知るにはどうしたらいいか、ということと、
どうやったら注入器がうまく子宮頚管に入っていくか、ということを
模造紙に描いた時間軸グラフと生殖器の模式図を使って説明しました。

「あー!そういうことか!」っていう表情を見るのはとても嬉しかったです。

そのあとの休憩時間にもわたしの描いたイマイチな図を一生懸命ノートに写したり、
図を指しながら「この部分はどうなってるんだ?」と質問してきたり。
もしもプロジェクターで映し出していたら、こうはいかないと思います。
またカーテンを閉めて、あの画像をもう一度映してくれ、って頼むなんて面倒だから。

発展の過程にあるせいかもしれませんが、
「ものごとは“最新”で“かっこよく”なければならない」
っていう意識があるような気がします。
「講義では、パワーポイント資料をプロジェクターで映さなくてはならない」
って思い込んでる感じです。
模造紙にマジックで描いた絵でもじゅうぶんなのに。

ちょうど今から一年前、JICAの派遣前訓練で、
英語でのプレゼンテーションを何パターンも練習させられました。
同じ教室で学ぶ仲間たちを現地の人たちに見立てて。
聞いている人たち(みんな宿題で寝不足気味)を居眠りさせないように
あの手この手で注意をひきながら、
50分とか100分とか話し続けるのは
とても大変でした。
電気も器具もないところでも講義ができるように
手作りのvisual aid(視覚教材:図表や模型など)を使って、
聞き手にも前に出てきてもらってデモンストレーションをしたり、
聞き手に頻繁に質問したり、
そんな練習を2ヶ月間、毎日していました。

本当に意味のある訓練だったなーと今になって思います。

手作りのvisual aid(視覚教材)を残すこと。
またひとつやりたいことができました。

ながーい講義のあと、 実際の牛でやってみる前に
屠畜場から持ってきた牛の子宮を使って練習します。
ほほーなるほどなるほど

おやつタイム。
ミルクティーにドーナツにチャパティ。
アフリカはどこもそうだと思うけど
参加者は参加費を払う必要はなく、
それどころか手当て(一定額の日当)をもらえます。
おやつもでます。
りっぱな食事もでます。
最終試験はなぜかみんな合格できます。

お前ぜったい食事が目的で来ただろ!って感じの参加者もいたり。笑