Recording in RWANDA ★ 落ち込むこともあるけれど、わたしは元気です!

2011年1月7日

海とイスラムの町

一年半ぶりの潮の香り。
ただ座っているだけで噴き出してくる汗。
ここはケニア南東の港湾都市、モンバサ。

昔から中東との貿易で栄えてきたこの町は、
移り住んできたアラブ商人たちの影響でイスラム色が濃いのが特徴です。
オールドタウンに足を踏み入れるとそこはアフリカじゃないみたい。
街角の小さなカフェでマッシュポテトをまるめて揚げたのと、サモサを食べ、
おみやげ屋さんを覗きながら2時間くらい歩いていた気がします。
皮革工芸品、木工細工、石飾りのアクセサリーなどどれもレベルが高くてびっくり。

ニカブをまとった女性たちとすれ違い、
路地で遊ぶ元気な子供たちの声を聞きながらそぞろ歩いていると、
家々の隙間からときおり潮風が吹いて来ます。 手首のヘナタトゥーがよく似合ってます
そこからトゥクトゥクで5分くらいのモンバサ市街地はほんとに大都会です。
ナイロビに行く必要はないのでは?と思うくらい。
日本食レストラン「御園」で天ぷらとお刺身食べちゃったー!
ルワンダにいる人たちごめんなさい!と唱えながら・・・笑

海岸沿いにはリゾートホテルが立ち並び、
クリスマスのイルミネーションを楽しみながら満月のビーチを散歩したり。


翌日はケニア野生動物公社に所属する同期隊員が海洋公園を案内してくれました。

ダウ船に乗って一時間。
ちょっと気持ち悪くなってきた頃に見えてきた沖のビーチ。
砂が真っ白!水が透き通って、潜らなくても底が見えます。

ケニア人たち、救命胴衣をつけて浅瀬で遊んでます。泳げないのかな・・・

こちらはやる気まんまんです。

深さ2メートル足らずでこんなにきれい。

お昼になったので、近くの島に立ち寄って海の幸をいただきます。
ボイルしたカニがぷりぷりして、おいしすぎて失神しそうでした!
殻から身をはずすのがめんどうなのか、外人たちはほとんど手をつけてません。
それ、いらないんだったらください・・・と言いそうになるのを必死でこらえました。

海を満喫し、ナイロビに戻る直前、
モンバサ空港の近くにある木工細工職人の村に立ち寄りました。気持ちのいい林の中に立ち並ぶテントやタープの下で、
職人さんたちがカンコンカンコンと木を削っています。
アイボニーという木の皮をはぐと、漆黒の幹が現れます。
ずっしりと重い木で、これで作った作品は漆塗りのように黒光りしていました。
入り口の販売所ではピカピカにやすりをかけた木製のゾウやインパラが
卸値価格で売られていたので、いくつかおみやげに買いました。
アレ買えコレ買えと言ってこないし、
職人さんたちは写真を撮られるの大歓迎だし、
なにより売られている作品がほんとにすばらしいので、ここはおすすめです。

モンバサは、ほんとに言うことなしのすばらしい町です。
ケニア人といってもいろいろなのでしょうが、
少なくともここモンバサで出会ったケニア人は、みんな爽やかで元気な人ばかりでした。
海も町も人も本当に素敵で、もっといてもよかったな、と思いました。
内陸国で乾ききった心がみるみる潤うのを感じました。

2011年1月5日

マサイマラの主たち

他の人のブログを見ていて気づきましたが、今年はうさぎ年のようです。

先日、お店でパンを食べながらなんとなくテレビに目をやったら
CNNで日本のデパートの福袋売り場に殺到する人々のようすを伝えていました。
おしゃれした日本の若者がインタビューに答えているのをぼんやりと眺めながら
お正月ってこういうものだよなぁとしみじみ思いました。

マサイマラ2日目。

朝6時ごろ、まだ薄暗いテントの外から「メリークリスマス」という声が・・・。
キャンプのスタッフがあったかい紅茶とパウンドケーキを持って立っていました。
なんと素敵なモーニングコール。

紅茶であったまったら、すぐに着替えて車に乗り込みます。
防寒着は必需品です。
早朝サファリへ出発。

出発してすぐにドライバー兼ガイドのドミニクに無線で連絡があり
「ライオンが3日前に殺したカバを食べているから見に行こう」
ということになりました。
ハイエナやハゲワシが、ある茂みをじーっと見つめて待っています。
その茂みの後ろにまわると・・・いました、ライオンたちが・・・。
あたりに腐敗臭がたちこめて、
静かな朝のサバンナに、
ライオンの興奮した息遣いとうなり声だけが聞こえます。
インパラやガゼルと比べたら、カバなんておいしくなさそうですが・・・
このライオンたちは雄7頭、雌4頭の大きなグループですが、
カバの首を噛み切ることはできないので、
倒した後、上に乗っかって窒息させるらしいです。
しばらくそれを眺めたあと、車をまた走らせました。
そこからすぐの所で、同じグループの他のライオンたちがのんびりしています。
お腹いっぱいで幸せそう。

木陰で休んでいるボスライオンのところに、もう一頭の雄が近づいてきました。
ケンカするかな、と思っていたら、
おでことおでこでコツンと挨拶して、そのまま向かい合って座り、
お互いをグルーミングし始めました。
ドミニクによると、左がお父さんで、右が息子。
狩りの功績を称えあっているみたいです。
腐ったカバの匂いでちょっとダウンしかけた母でしたが、
お日様がさすころには元気になり、みんなで木陰で朝食をとることになりました。
キャンプを出るときにスタッフに渡されたかごを開けると、
コーヒー、紅茶、パン、ソーセージ、ゆでたまご、フルーツが入っていました。
開放的な朝ごはん。
おなかいっぱいになったら、国立保護区のゲートから少し出て、
マサイマラの主、マサイ族に会いに行きます。

有名なジャンプでお出迎え。
高く飛べば飛ぶほど、たくさんガールフレンドをゲットできるらしい。
少しずつ、挿す棒の太さを太くしていって、ピアスの穴を大きくしていきます。
カラフルなビーズがほんとによく似合ってて美しいです。

でも、こういう穴を開けていない若者もたくさんいました。
マサイ族も義務教育を受けるようになり、
子供たちは学校の先生から耳に穴をあけることを禁じられる、とのことでした。
ドミニクの耳に穴が開いていない理由がわかりました。


話には聞いていたけど、みんなかなりお金が欲しい感じでした。
50人ほどが暮らす小さな村が開放されていて、そこに入るのに20ドル。
その後も、ダンスに使った木の棒を買ってくれと言ってきたり、
オリーブとアカシアの木片をこすって火をつけるのを見せてくれたと思ったら
その木片を買ってくれと言ってきたり。
それも、少人数ずつ小さな家に招き入れて
狭くて薄暗いその家の中で「いくらで買ってくれるんだ?」と迫るのはちょっと・・・。
帰り際に手作りアクセサリーを売るのはいいと思うのですが、
その値段もびっくりするくらい高いのです。

去年の大干ばつでマサイの牛がたっくさん死んでしまったことは
当時、リアルタイムでラジオで聞いて知っていました。
義務教育が始まって、学費を払わないといけないことも、
携帯電話が流通して、その通話料金が欲しいことも
テレビやネットで見聞きしてました。
だけど、伝統を愛し、異文化の侵入を拒み続けてきた誇り高きマサイが
土地を奪われ、現代社会に迎合することを求められた結果、
このようなやり方でビジネスすることを選らんだこと、
目の当たりにするとやはり複雑な思いがしました。

彼らがラジオや携帯電話など現代的なものを必要とするのは自然な流れだと思います。
ルワンダでも、山奥に住んでる農民でさえみんな持ってます。
時代の流れとともに柔軟に、でも誠実に、生き方を選んでいけたら。
これは日本人にも言えることだと思います。 マサイの牛たち。

実はこれが見たくてここへ来たのでした。
ルワンダで飼われている牛とはやっぱり品種が違いました。
首の根元にラクダみたいなこぶがあるゼブ牛。
思っていたより痩せてなくて、なんか妙にホッとしました。
よく見ると、背中から太ももにかけて模様のような線が入っている牛や
耳に切りこみが入ってフリンジのようになっている牛がいます。
ドミニクによると、同じ村の牛はひとまとめにして放牧しているので、
どれが誰の牛がわかるように、
熱したワイヤーで焼印をしたり、耳を切ったりするそう。
牛とともに生きてきた彼ら。
牛の乳と血を飲み、牛の肉を食べ、それだけで命をつないできました。
住居の壁は泥と牛糞を塗り固めていて、
家から出てきたマサイの女性たちと握手したとき、牛の匂いがしました。
こういうところで獣医をするのはつらそうだな、と思いました。
牛と過ごしてきた年月も、その密度も、牛に対する思いも、
とうていかないそうにないからです。
わたしには牛の血を飲むことはできないからです。

ドミニクの運転する車でキャンプに戻りつつ、
ドミニクの住んでいる村のこと、家族のこと、牛のこと、
マサイマラ国立保護区内に住居を構えていたドミニクのおじいさんが
保護区を出る決心をしたときのこと、など
いろんな話を聞きました。

さて、キャンプに到着し、
あーあ、サファリもおしまいか・・・このお昼ごはんがここで最後の食事なんだ・・・
と思いながらダイニングテントに入ったときです。

ドミニクのお兄さんでもうひとりのガイドが飛び込んできました。
「レオパードが出た!すぐ出発だ!」
キャンプの白人スタッフも急いで車に飛び乗ります。
あたたかいスープの入った大きなボウルを運んできた給仕があっけにとられているうちに
宿泊客もみんな車に乗り込みました。
レオパードはめったに姿を現すことがないらしいのです。
猛スピードでレオパードのテリトリーに向かいます。

何度も車が横転するんじゃないかとヒヤヒヤしながら、ようやくそこへたどり着くと
きれいな一頭のレオパードが茂みから出てきました。

そのまま川辺に忍び寄り、体を低くして何かをじっと見ています。
その視線の先にいたのは小柄なインパラ。

このインパラ、ときおり振り返ってレオパードの方を見ているようなのですが
こちらもじっとして動きません。
狙われていることに気づいてないのか、逃げ出すタイミングを見計らっているのか・・・。
この状態が長いこと続きました。
テレビでよくこういうドキュメンタリーをやっていますが、これは忍耐がいります。
インパラが一歩踏み出したその瞬間、レオパードもスタートを切りました!
音もなく、サーーーッと風のように。

でも残念ながらインパラまでの距離を縮めることができず、逃げられてしまいました。
もう一度トライしましたが、また失敗。
私たちの車のせいで気が散っているのかもしれない、ということで、
木陰で息を整えているレオパードに別れをつげ、静かに退散することに。
でも、走る「ヒョウ柄」が見られて大満足でした。
ほんとうに美しかった!
車のルーフから顔を出して長いこと見ていたので、みんな日に焼けて真っ赤です。

キャンプに戻って、最後のお昼ごはんを食べ、
ドミニクの運転であの飛行場に向かいました。
夕方のフライトで首都ナイロビへ。

なんだか不思議な感覚でした。
ずっと前から知っていたような、でももう二度と来ることはないような・・・
何ともいえない気持ちで窓の下にひろがるサバンナを眺めました。
遠くの方で雨が降っているのが見えました。

2011年1月4日

サバンナの朝日

2011年が始まりました。
Muwaka mupya!  (Happy new year!)

マサイマラの朝日

日本はだいぶ寒いらしく、実家のある鹿児島でも雪が20センチも積もって大変だとか。
ルワンダは申し訳ないくらい快適な小春日和です。
一年中こんな調子で季節感がないので、無理やりお正月の歌を歌って新年だと思おうと努力しています。

さて、年末はケニアに旅行に行ってきました。
すっかりルワンダに慣れて、ほとんど外国にいる気がしなくなっていましたが、
同じ東アフリカなのに、ケニアは何もかもが違っていて、
思っていたよりずっといい旅になりました。

写真を織り交ぜつつぼちぼち書いていこうと思います。


とりあえず、やっぱり一番感動したマサイマラのことを。
マサイマラ国立保護区。
首都ナイロビから小型プロペラ機で一時間くらい飛ぶと、
呆れるほどどこまでも続くサバンナの中にぽっかりと現れる、
ただ草を刈っただけの小さな飛行場に到着します。
ナイロビで合流した母と妹も一緒に。

宿泊先のEntim Campのスタッフが
サファリっぽいモスグリーンのランドクルーザーで迎えに来てくれてました。
このスタッフが、わたしたちの専属ドライバー兼ガイドとしてずっと一緒でした。
派手なビーズのアクセサリーに赤やピンクのマサイ布をまとい、
腰からはナタのようなものを下げているこのスタッフ、
最近はマサイ族じゃなくても観光客向けにマサイの格好をしているケニア人がいる、
と聞いていたので、彼もその類だろうと思ってました。
英語ペラペラだし、耳も長くないし・・・。
しかし翌日、彼がほんもののマサイ族であることがわかります。

それは置いといて。

土ぼこりの飛行場からEntim Campに向かう道すがら、
次々と動物たちに出会います。
最初にバッファロー、それからシマウマの群れ。
シマウマたちが集団で川をわたった直後、
その川面に視線を戻すと、一足出遅れたクロコダイルの姿が見えました。
あ、あぶなかった・・・。


インパラ、ガゼル、イボイノシシ、トピ、ダチョウ・・・
いくらでもいます。
草食獣のほとんどの群れが生後1~2ヶ月くらいの赤ちゃんを連れていました。
ピコピコ跳ね回ってほんとにかわいいい。
雨季が始まったばかりのこの季節、草がたくさんで嬉しそうです。

そして茂みから突然現れたゾウ。
触れられそうなくらい近くによってきたゾウの皮膚は
ほんとにシワシワしてて、おだやかな目をしてて、
テレビや動物園で見たように長い鼻で草をむしっては口へ運んでました。
獣医なのに恥ずかしい話ですが、
ゾウの牙が口の中ではなく鼻の横から生えていることも初めて知りました。

Entim Campはマサイマラ自然保護区の中にあるキャンプ。 宿泊テントはこんな感じ。

到着してすぐ、ダイニングテントで野菜たっぷりのおしゃれなランチを食べ、
わたしたちが今夜寝ることになるテントへ向かうと、
テントのすぐ目の前にある川の向かいにキリンの家族がいました。
キャンプのスタッフに「キリンがいる!」と言うと
「あぁそうだね。」とひとこと。
キリンやガゼルが、犬や猫のようにそこらへんにいる世界。
そんなのを眺めながらお茶を飲んで、ちょっと休憩したら、
夕方のサファリへ出発します。

夕方は狩りの時間。

でもライオンたちの活動時間はもう少しあとらしく、
木陰でのんびりしています。
ライオンのお母さん。
お腹のあたりをよく見ると赤ちゃんがおっぱい吸ってます。

チータ親子にも出会いました。
チータはライオンより狩りの時間が早いらしく、
ちょうど振り出した雨の中、じっとガゼルを狙っていました。
子供たちは邪魔にならないように、すこし離れたところでやはりじっとしつつ、
たまにこちらが気になるのか、わたしたちの方を振り返るのがかわいい。

何度かトライしたものの、雨で視界が悪くなり、狩りは失敗。


チータの狩りの瞬間をじっと待っていると、トイレに行きたくなりました。
雨がやんで、チータから少し離れたところで、
「ここだったら大丈夫」とドライバーが言うので、
サバンナの爽やかな風に吹かれながら用をたしました。
貴重な体験です。

日が暮れてきて、キャンプに帰る途中、雷のような異常な音がしてきました。
車を止めると、わたしたちのすぐ横のしげみで、
若いライオンのグループが頭をつき合わせて興奮しています。
夕方の曇天、モノクロのような景色の中、地響きがするような唸り声です。
よく見ると、小さなシマウマの赤ちゃんの足が
ライオンたちの荒々しい動きの狭間にちらり、ちらりと見えました。
こちらの狩りは成功したようです。


さて、今夜はクリスマスイブ。
ワイン片手にビュッフェスタイルの豪華なディナーでした。
ランチのときもそうだったけど、ここの焼きたてパンはとってもおいしいです。
材料はナイロビから運んできて、調理はすべてここでするらしいです。

さすがに冷え込んできて、宿泊テントに入り、ホットシャワーを浴びました。
どっしりとしたベッドにもぐりこむと、なんと湯たんぽが入ってました。

真夜中、川のほうからカバの鳴き声が聞こえてきました。
まるでテントのすぐそばまで近寄って来ているような錯覚をおぼえるほど大きな声です。
ワクワクしながらまた眠りにつきました。


Entim Camp http://www.entim-mara.com/entim/

2010年12月10日

お引越し

前回の続き。

牛たち、無事にお引越ししました。
いや、全然「無事」じゃなかったけど・・・ ^^;

待てど暮らせどトラックが来ない。

運転手に「今どこなの?」と電話をしても

「もう近くまで来た」
「あと5分」
「もう少しで着く」
というセリフを1時間くりかえす、ルワンダンランデブー。


待ちくたびれたハーズマン(カウボーイ)たち。


子牛たちはこれから何が始まるかも知らず
木陰でミルクがあったまるのを待っています。
母牛たちはずーっと日の照りつける草原を
のっそりのっそり群れで移動しながら草を食べていますが、
子牛たちは日がな一日、こうやって木陰でのんびりしています。

ようやくトラック到着。
ハーズマンたちが牛をトラックに追い込みます。
こんな小さいトラックに6頭なんて絶対載せきれないよ!と大反対しましたが、
やつら、無理やり押し込みました。
日本だったらこのトラック、せいぜい2頭だよ。。。

案の定、道中なんども荷台で牛が倒れたり、下敷きになったり。
ちょっと走っては止まってもらい、牛を立たせてつなぎ直しました。
こんな調子では今日中に目的地には着かないな・・・と思っていたら、
さらにめんどうなことが。

数キロおきに路肩に立っている警察官に検問されるわたしたちのトラック。
なんと止められた回数7回!

ちゃんと「牛を移動させてよろしい」っていう許可証を持ってるか、
車の整備はちゃんとやってあるか、などなど
毎回、止められるたびにしつこくチェックされ、
バックライトが点かないことを咎められ罰金を払う運転手。。。 オイオイ


・・・というわけで、結局2日かかって、
ようやく、ようやく目的の牧場にたどりつきました。

牛もぐったり、人間もぐったり。


ここでしばらくのーんびりしてもらって、
新しいおうちに慣れたころ、同僚たちの練習台になってもらう予定です。


ぼくもママと一緒に引っ越してきたよ!

2010年12月2日

牛選び

やってきました、東部州はニャガタレ。

最高のお天気。牛日和。
ここで牛を15頭ほどゲットするのが今日のお仕事です。

ハーズマン(牧夫)たちに誘導されて
牛たちが集まってきました。
ルワンダが誇る在来種、「Inyambo(イニャンボ)」です。
ルワンダの伝統舞踊でよく見るこのポーズ(下の写真)は、
イニャンボの大きな角を表現してるんだそうな。

ハーズマンたちが妊娠してない牛を選り分けてくれたので
(なんで妊娠してないってわかるんだろう・・・)
その牛たちのコンディションをチェック。
同僚のクレアにも直腸検査してもらいました。

こればっかりは数をこなさないとね・・・。
がんばれクレア!
選ばれなかった牛たちは、いそいそと草原に帰っていきます。

週明けにトラックを手配して
今日選んだ牛たちを国営試験農場に移動させます。。

首都への帰り道。

いつものように、数キロメートルおきに警察(写真に写ってる黄色いジャケット)がいて、
二人一組で検問しています。
輸送トラックは特に念入りにチェックされるので、移動許可証が必須です。
牛たちを移動させる許可証を用意しておかなくては・・・

2010年11月25日

あれよあれよと

なぜかよくわからないんですが、
イロイロといい方向に進み始めました。


初めての受精卵移植を終え、ほっと一息、と思っていたら、

同僚のヴィンセントが今までにないやる気を出していて
なんと自主的に受精卵移植の練習をしたいと言い出し、
週末の朝から、練習に付き合わされる始末。


朝8時集合の予定だったのに、
当日の朝早く電話してきて、「やっぱり7時半集合にしよう!」
と、これまで必ず30分は遅刻してきた人とは思えない豹変っぷり。

なんか変な薬でも飲んだんじゃないかと心配になってしまうほどでした。

雨が降ってきたから中に入ろうと言ってもやめようとしないヴィンセント。



ついでに
「どうせまた読んでくれないんだろうなー」 と思いつつ
こないだやった初めての受精卵移植についての報告書を
テンション低めで提出したところ、
翌朝驚くべき展開が!!

わたしのオフィスの内線が珍しく鳴り、
「トップがユミを呼んでる」とのこと。

慌てて行ってみると、
「報告書に、スタッフのさらなる練習のために牛が必要と書いてあるが
何頭必要なんだ?」

えええー!報告書読んだのですかアナタ!
嬉しくてドキドキしつつ、

「上司が15頭の牛を購入する方向で入札の準備をしている聞いています」
と答えると、

「それじゃ何ヶ月もかかるね。来週の月曜までに牛を用意しよう。
明日か明後日にでも東部州に出張して牛を選んできなさい。」

!?
トップもなんか変な薬を飲んだんじゃないのか・・・?と
かなり疑心暗鬼になりつつ、

とりあえず明日、同僚のクレアと二人で牛選びの旅に行ってきまーす!



ケニアに研修に行った隊員が買ってきてくれたイクラ。
軍艦巻きにしたら卒倒するおいしさでした。
サーモンも納豆もおいしかった・・・
進んでる国はいいなぁぁー!

2010年11月24日

一歩踏み出した!

もう2週間くらい前のことになってしまいますが、

ついに!
受精卵移植、やりました!

受精卵移植というのは、
めっちゃ優秀なお母さん牛の娘がたくさん欲しい、というときにやる技術です。

まず、めっちゃ優秀なお母さんを選びます。
そのめっちゃ優秀なお母さんに一週間くらいかけてホルモン剤を打って
通常、一回に一個しか排卵しないところを、たくさん排卵するようにさせます。

そのあと、そのめっちゃ優秀なお母さんに、めっちゃ優秀なお父さんの精液を使って授精します。
すると、めっちゃ優秀なお母さんのお腹には、
めっちゃ優秀なお父さんとの子供(受精卵)がたくさんできます。

これを放っておくと、五つ子ちゃんとか、十つ子ちゃんとかになるわけですが、
お母さんは一度に一頭の子供しか産めないので、
子宮の中を漂ってるたくさんの子供たちをいったん取り出して、
それを妊娠してない他のお母さんたちのお腹に、ひとつずつ移殖します。
つまり借り腹ですね。

うまくいけば、約10ヵ月後には、それぞれの借り腹から、
めっちゃ優秀なお母さんの子供が何頭も産まれる、というわけです。

ルワンダでは初めての試み。

今回はまったく自信がなかったので
北部州の獣医大学に配属の獣医隊員、牛ノ濱くんにも助っ人に来てもらいました。

受精卵がいくつ取り出せるかは、技術者の腕と、牛のコンディションしだいで、
ベテランがやっても1個も見つからないときがあるので、
いきなり5個も10個も期待するのではなく、
とりあえず1個でも見つかればいいな~くらいの気持ちで。

まずは同僚に作業の流れを体験してほしい。
そして、できれば、「ほら、これが受精卵だよ!」って見せてあげたい!
とにかくやってみるべし!

お母さん牛に麻酔して、子宮にカテーテルを入れていきます。
お母さん大暴れ。。。大苦戦であります^^;
カテーテルがうまく入ったら、
そのカテーテルを通してこの特別な液体を子宮の中に注入します。
で、注入したと思ったらすぐにその液体を回収します。

そう、この回収された液体の中に
もしかしたら受精卵がプカプカ浮かんでる(かも!)というわけです。
この作業を何回かくりかえします。

子宮を通って回収された液体は
とても目の細かいフィルターを通してから廃棄されます。
うまくいけばこのフィルターに受精卵がひっかかってる・・・はず!

さっそく、フィルターにひっかかったものを
顕微鏡で検査します。
受精卵・・・受精卵・・・

・・・・・・

あったぁぁぁぁー!!!
感動の一個目、発見!
すっかり疲れて隣の部屋で牛乳を飲んでる同僚たちを呼びに行きました。
ほら!これが受精卵だよ!!

同僚たちも静かに感動しているのが伝わってきます。
「ゆみ、受精卵はこんな感じに見えたぞ・・・」と絵を描き始めるヴィンセント、
「自分も受精卵見つけたい!」と顕微鏡の席を陣取って
すでに検査済みの液体をにらむクロード。


そう、この瞬間のためにわたしはずっと準備してきんだ・・・(感動の嵐)
感慨深く牛乳を飲みつつ、
回収液は全部検査したから、たぶんもう新たな受精卵は見つからないだろう、
雨も降ってきたし早く帰りたいなー・・・などと考えていたら、


「もういっこ受精卵見つけたーー!」とクロードが言うではありませんか。
顕微鏡をのぞくと、ほんとにもういっこ見つけてました。
受精卵がまだ残ってたことにもびっくりだけど、
それより、粘液やら細かいゴミやらが浮かぶ液体の中で
クロードが自分でちゃんと受精卵を識別できたことに超びっくり。

発見された2個の受精卵はまぁまぁの品質でしたが、
とりあえず、準備してある5頭の借り腹のうちの2頭に、一個ずつ移殖しました。
残りの3頭には、カナダ産の凍結受精卵を解凍して移植しました。

来月、クリスマス前に妊娠鑑定をする予定です。
一頭でも妊娠してくれれば、同僚のモチベーションも上がるというもの。
いいクリスマスが迎えられるように、どうかどうか妊娠してください!!!
祈るような50日間の始まりです。

2010年11月5日

やってみるしかない(後編)

(つづき)
ある日、ものすごく久しぶりにダイレクタージェネラルの車を発見!

つ、ついに姿を現した!!


走り寄って、ウィーンと閉まりつつある窓をガシッと押さえ、

私 「一日も早く、試験に入りたいんです!スタッフの練習に使う牛を用意してください!」

ダ 「ISAR(国営試験場)でやればいいじゃないか」

私 「以前あそこで準備してたら、ISARが余計な条件をつけてきたからこの技術協定はなかったことにしろ、と突然おっしゃったじゃないですか。」

ダ 「じゃあ受精卵移植やりたがってるそのへんの農家でやればいいじゃないか」

私 「まだ一回もやったことのないスタッフがいきなり成功するわけがないです!今は一般向けのサービスを始めるには早すぎます。」

ダ 「君が移殖すればいいじゃないか」

私 「それじゃ意味がないんです。だから数年前にイスラエルの技術者を呼んでやったときは・・・ナンチャラカンチャラ・・・」


ダ 「じゃあうち(RARDA)のニャガタレ牧場でやればいいじゃないか」


私 「その牧場で準備を進めていたら、急に、ここの牛は大統領の所有物だから試験に使うなんてだめだって言われて、それであなたからの決定を待っているんです」


ダ 「あーわかったわかった!牛を用意する!君のプロジェクト用の牛だ!」

そ・し・て・・・



ついに念願の牛を10頭購入する入札の手続きが始まりました。
これまでの経験から、この手続きには半年くらいかかると思いますが・・・
願わくば、わたしがルワンダにいるうちに牛がわたしたちのもとに届きますように。

ついでに、上司から紹介されたルワンダ軍の幹部、ミスタームヒルガに会いに行き、
受精卵移植について説明し、
今はまだ成功率は未知数だけど、この技術がこの国に根付くように努力するので、
その人が所有する牧場の牛をスタッフの練習用に貸してもらえないだろうか、
と交渉したところ、
最後には快諾してくれました。

先月からこの農場に通いながら、
妊娠してない牛を片っ端から検査し、
選抜した牛のコンディションを整えてきました。


そして先々週は、6日間、12時間おきに注射を打ちに通いました。
受精卵を取り出す側の牛に、たくさん排卵させる注射です。

特に病気の治療というわけではないので
日本だと、農場の従業員に頼んで打ってもらったりするのが普通なのですが、
決まった時間に予定通りに仕事をこなすことが大の苦手のルワンダ人に
この12時間おきの注射を依頼するのはやや勇気がいることで、
同僚たちも「絶対じぶんたちでやったほうがいい」と言うので、
じゃあちゃんと朝6時と夕方6時、時間通りに来てね、と約束。
まぁ2回ほどすっぽかされましたが(笑)、
それでも予想以上にがんばってくれた同僚たち。

他のミッションも任されている忙しい彼らのスケジュールをどうにか合わせ、
3回の講義も実施しました。
屠場(食肉解体場)から買ってきた子宮を使って、
丸一日、移殖器具を子宮に通す練習。

経験のないまま学歴だけでここまで来た人たちなので
びっくりするくらい下手なんですが、
なぜかとても前向きです。

カテーテルから内芯が抜けて飛び出していることに気づかず子宮を刺していたときも
「この練習でこの失敗をしておいてよかったよ!」と超ポジティブ、

帰り際、立ちっぱなしでヘトヘトになったわたしに
「ゆみ、がんばりましょう!わたしたちは絶対成功する気がするわ!」と
これまたポジティブ。

なんでこんなに前向きなのか、
その自信はどこからくるのか、もうさっぱりわかりませんが、
とにかくやってみるしかありません。


いよいよ週明けの月曜日、
ホルモン処置した2頭の牛のお腹から実際に受精卵を取り出し、
他の5頭の牛のお腹に移殖します。

移殖する受精卵がちゃんと受胎してくれるかとても不安ですが、
それ以前に、
ちゃんと時間通りスタッフが来てくれるか、
牧場のカウボーイたちに頼んで作ってもらってる牛を固定する枠が当日までにできあがるか、
当日停電して顕微鏡が使えないという事態に陥らないか(可能性はとても高い)、
心配の種はつきません・・・。

やってみるしかない(前編)

ここへ来て一年間、
3歩進んで2歩下がる(たまに3歩下がる)感じだったわたしのプロジェクト。
どうにかこうにか、
実地試験にこぎつけそうなところまできました!

受精卵移植の技術導入、というのがわたしのミッションなのですが、
技術と道具があっても、
じゃあどこのどの牛で始めましょう、っていうのが決まらず
あちこちで着手しては頓挫する、というのを繰り返してきました。



今度こそ!という意気込みでトライしたのが、
RARDA(わたしの配属先)が所有する牧場。

イニャンボという大きな大きな角を持つ在来種の牛が
どれがどれとも記録されないままに自由奔放に放牧されているところで、
まずはその200頭ほどの牛たちに
耳標(ピアスみたいなので耳に名札をつける)をつける作業からスタート。

どこまでが牧場かさっぱりわからない広大な土地に散在している牛たちを
カウボーイたちが上手に一箇所に集めてくれた・・・のはいいけど・・・

こんなにたくさん、どうしよう?
しかもすごい角・・・


ハーイ、みなさん枠に入ってくださーい!

牛をロープで固定すると牛の力で枠が壊れるので、
カウボーイたちが力ずくで角を押さえて固定します。

なんせこれまでずっと野生チックな生活をしてきた牛たちなので
人間につかまったら殺されると思って、もう大暴れ。

それでも、首都から3時間もかかるこの牧場に何日も通って
牛をいくつかの群に分けることも決まり、
ようやく耳標つけも終わりそうだぞ、というころ、
これまで幾度となく経験した、「突然の終了宣言」。

今まで誰の指示も受けずに自由気ままに牛を追い、乳をしぼり、
その乳を売っては小銭を稼いでいたカウボーイたちが
子牛と親牛を分けろだの、お乳の量を記録しろだの、
メンドクサイ仕事が増えたことを不服に思い、
謀反を起こしたのです。
そのカウボーイからの真偽入り混じった訴えを真に受けたうちのトップが
この牧場での試験中止を宣言・・・またふりだしに戻ります。

さぁ、次の候補地を決めなければ!と気持ちを切り替えたところで、
あろうことか、配属先のトップ(ダイレクタージェネラル)が突然の休暇に入ります。
彼がいつ休暇から戻るか、秘書を含めて誰ひとり知らない、という信じられない状態で、
あらゆる決定が先送り。

「早く何らかの実績を出せ」というプレッシャーだけがのしかかる日々。。。